研究課題/領域番号 |
25288075
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
藤井 紀子 京都大学, 原子炉実験所, 教授 (90199290)
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研究分担者 |
加治 優一 筑波大学, 医学医療系, 准教授 (50361332)
大神 信孝 名古屋大学, 医学(系)研究科(研究院), 講師 (80424919)
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研究期間 (年度) |
2013-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | D-アミノ酸 / 老化 / 蛋白質異常凝集 / 翻訳後修飾 / 解離 / 質量分析 |
研究実績の概要 |
蛋白質はL-アミノ酸のみから構成されているために正しい折りたたみ構造を形成し、その機能を発揮している。しかし、近年、白内障、加齢性黄斑変性症、アルツハイマー病、加齢性難聴等、種々の加齢性疾患の原因蛋白質中にD-β-アスパラギン酸(Asp)が蓄積していることが明らかとなってきた。蛋白質中にD-β-Aspが生成されると蛋白質の高次構造が乱れ、異常凝集が生じる。上記の疾患では、蛋白質中でのD-β-Asp生成→D-β-Asp含有蛋白質の蓄積→蛋白質の異常凝集化→蛋白質の不溶化に至る過程が共通している。本研究では蛋白質中でのD-β-Asp生成を加齢性疾患発症の一因と捉え、D-β-Asp含有蛋白質の微量定量分析の画期的な開発を行った。これにより、微量、迅速、簡便な結合型D-アミノ酸分析が初めて可能となった。本法により、水晶体蛋白質中の主成分であるαA-クリスタリン(Cry)のAsp58,84,151, αB-CryのAsp96、βA3- CryのAsp37残基が著しく異性化され、D-β-Asp体が生じていることが明らかとなった。正常な水晶体では、αA-, αB-サブユニットが会合したα-Cry会合体がβ- Cry, γ- Cryと弱い結合を介してsuper structureを構成し、レンズとして機能している。しかし、αA- CryのAsp58, 84,151, αB- CryのAsp96残基が著しく異性化されたこれらのCryは会合体を形成できず、モノマーへと解離することが明らかとなった。従来の研究でαA- CryのAsp58,84,151, αB-CryのAsp-36,62残基のD-β-Asp体がα- Cry会合体の異常凝集化を促進させることが明らかとなっている。本研究の結果からAsp残基に異性体が生じると適正な会合体を構成できず、これが白内障の一因となるということが示唆された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
1)一個の老人性白内障の水晶体から蛋白質を精製することなく、トリプシン処理し、その断片を液体クロマトグラフ質量分析(LC-MS/MS)により、クリスタリン中のどのAsp残基がどの程度D-β-体化しているのかを微量試料で、簡便、迅速、精確に定量することに成功した。 2)蛋白質中に生ずるAsp残基の異性体はLα, Dα, Lβ-, Dβ-体の4種類存在する。これらは互いにジアステレオマーであるためにLC上で分離する。従って同一質量でLC上で複数のピークに分離しているペプチドがAsp異性体含有ペプチドであるので、この性質を利用して異性体の発見に成功した。これらのペプチドの同定は当初、4種類のAsp異性体を導入したペプチドを標品として化学合成し、その溶出時間を比較することにより決定していた。しかし、一種類のペプチドに対して4種類ずつの異性体ペプチドを合成し、精製するのは時間とコストがかかる。そのためペプチド中のAsp異性体を特異的に認識する市販酵素を作用させ、4種類の異性体ペプチドの同定に成功した。すなわち、Lα体を含むペプチドにはAsp-N酵素、Lβ-, Dα-体を含むペプチドに関してはそれぞれ、Protein L-isoaspartyl methyltransferase(PIMT)paenidaseという酵素を作用させ、Lα-, Lβ-, Dα-, Dβ-Asp異性体の同定を可能とした。 3)老人性白内障のα-クリスタリン、β-クリスタリンは通常、会合体を形成しているが、これらのクリスタリンはAsp残基が異性化することにより、会合体として存在できず、解離して単量体になることが初めて明らかとなった。 4)老人性白内障の不溶性画分中に含まれるα-クリスタリン、β-クリスタリン中のAsp残基は可溶性画分中に含まれるα-クリスタリン、β-クリスタリン中のAsp残基よりも著しく異性化が進んでいた。 5)3)と4)の結果からAsp残基に異性体が生じると適正な会合体を構成できず、これが白内障の一因となるということが示唆された。
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今後の研究の推進方策 |
本研究推進の成否は蛋白質中のD-β-Asp残基の分析をいかに、簡便に、精度よく、迅速に行うかにかかっている。従来法では蛋白質を精製し、酵素によってペプチドに断片化し、それらペプチドを加水分解し、ジアステレオマー法によってアミノ酸の光学異性体分析を行っていた。この分析法は時間がかかり、多くの試料の分析に適さない。そこで、今回、従来法とは全く異なるLC-MS/MSによる迅速簡便な定量法を確立させた。それにより従来分析が困難であった不溶蛋白質の分析も可能となった。LC-MS/MSは、従来、蛋白質構成アミノ酸残基の酸化、脱アミド化など、質量数の異なる翻訳後修飾の検出のみに用いられていたが、今回、本科研費研究で我々が確立させたAsp残基の異性体分析も可能となり、LC-MS/MS分析の適用範囲が格段に増した。次年度はこの方法を利用し、年齢の異なる水晶体試料について分析し、異性化の反応速度を求め、白内障発症時期の予測を行う。また、白内障の進行度の異なる試料についても分析する。さらに他の加齢性疾患の蛋白質中のD-β-Asp残基を検出し、疾患の度合いとの関連について研究を進める。
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次年度使用額が生じた理由 |
本研究の主力機器である液体クロマト質量分析装置のカラム、消耗品を本年度予算で購入の予定であったが、いづれも高価である ため、本年度は古いものでも使用可能であったので、これを購入しなかった。また、故障の際の多額の修理代も考慮していたが、今年度の維持、修理代は少額で あった。
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次年度使用額の使用計画 |
28年度以降、必要な時期に交換すべき消耗品を購入し、分析の向上を目指す。また、引き続き、不測な事態に備えて修理代を確保したい。
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