研究課題
基盤研究(B)
姿勢制御の基本的神経機構は脳幹-脊髄に存在し,網様体脊髄路,前庭脊髄路,視蓋脊髄路などの下行性経路が重要な役割を担う.中でも網様体脊髄路は両側の頭頸部~体幹~上・下肢筋の活動を制御し,姿勢筋緊張の調節や反射姿勢の形成に関与する.筋緊張の調節には抑制性網様体脊髄路と促通性網様体脊髄路が関与する.そこで今年度は,大脳基底核の出力核である黒質網様部(SNr)から脚橋被蓋核(PPN)へのGABA作動性投射が,これらの網様体脊髄路系に及ぼす作用を解析した.実験には除脳ネコ標本を用いた.橋および延髄網様体には,連続微小電気刺激(50Hz,30-40μA)を加えることにより,姿勢筋緊張を増加,あるいは,消失させる領域が存在する.また,各領域に加えた短パルス刺激は,脊髄のα運動細胞に,其々,興奮性シナプス電位(EPSP)と抑制性シナプス電位(IPSP)を誘発したことからEPSPは促通性網様体脊髄路の活動を,IPSPは抑制性網様体脊髄路の活動を反映すると考えられる.そして,SNrへの条件刺激(100Hz, 40-60μA)により,IPSPの振幅は減少し,EPSPの振幅は増加した.この変化は伸筋・屈筋運動細胞に共通していた.次いで,GABAA受容体作動薬であるMuscimolをPPNに微量注入すると,SNr刺激と同様の作用が誘発された.一方,GABAAの拮抗薬であるBicucullineやPicrotoxinをPPNに注入すると,SNr刺激の作用はブロックされた.これらの成績は,SNrからPPNへのGABA作動性投射が促通性網様体脊髄路と抑制性網様体脊髄路の興奮性を相反的に制御して筋緊張レベルを調節していることを示唆する.即ち,基底核からのGABA作動性出力が亢進すると,促通系の活動が優位となり筋緊張は亢進する.一方,基底核出力が低下すると,抑制系の活動が優位となり筋緊張は減少する.
3: やや遅れている
平成25年度は姿勢筋緊張の制御における網様体脊髄路系の機能(抑制性網様体脊髄路と促通性網様体脊髄路)を同定すると共に,これらの網様体脊髄路に対するに対する大脳基底核出力系(SNr-PPN投射系)の機能の解析を試み,上記の成績を得た.これは,大脳基底核のGABA作動性投射系がPPN領域に作用して網様体脊髄路系の機能を制御することにより姿勢筋緊張を調節しているという,本課題の中核的な作業仮説を証明できたことを示している.この成績は,大脳基底核疾患における筋緊張異常の病態を説明する上で極めて有用な知見である.このような明確な結論を得ることができた点において平成25年度の研究は一定の達成を得たと考えている.一方,申請時の研究計画調書では,同様の解析を,前庭脊髄路ならびに視蓋脊髄路においても実施することが平成25年度のミッションとなっている.従って,これらの解析を十分に遂行できなかった点において,研究の達成度はやや遅れていると判断した.研究計画が予想よりもやや遅れた理由としては,①研究代表者の研究時間が大幅に減少したこと,②本課題研究を共に遂行する若手研究者の採用が遅れたこと,③実験動物(ネコ)の調達が困難になったこと,そして,④代替え動物における研究手法開発への着手が遅れたこと,の4点を挙げることができる.これらの点を踏まえて,平成26年度には若手研究者を採用し,研究の推進を計ると共に,ラットを代替え動物として,申請書に示した研究手法を用い,本課題の遂行が可能であるか否かを,現在検討している.
研究調書に基づいて,平成26年度は,①25年度に実施予定であった前庭脊髄路ならびに視蓋脊髄路の機能,および,これらに対するSNr-PPN投射系の機能的役割に関する研究,そして,②感覚情報に基づく姿勢反射に対するSNr-PPN投射系の機能的役割に関する研究の2項目を実施する.①については,平成26年度内に,そして,②の研究内容については,平成27年度内に終了する予定である.平成25年度の研究がやや遅れている理由の一つが「実験動物調達の問題」である.これは実験動物としてのネコの需要が減少していること,また,これまで調達していた民間業者の中には東日本大震災において被害を蒙ったことに起因する.結果として,ネコ一匹あたりの単価が高騰したため(約5万円から20万円に高騰),当初の研究予算では,必要な動物数を確保することが極めて困難となった.そこで,旭川医大の動物実験施設における実験動物用ネコの繁殖計画を立案に取り掛かった.一方,安定的な実験動物を確保するために,ラットを代替え動物として用いる研究計画を立てている.現在,除脳ラットの作成,ラットにおける網様体脊髄路,前庭脊髄路,視蓋脊髄路の同定などを試みている.さらに,感覚刺激に基づくラットの姿勢反射系が本研究を遂行する上で十分に有用であるか否かについても検討している.ラットでの研究に必要な解析機材は,ネコでの研究に用いる機材でほぼ賄えると考えられる.しかし,ラット用の人工呼吸器に関しては,今後導入する必要がある.代替え動物としてのラットが本課題の遂行に十分に耐えうるものであると判断できれば,上記研究項目は予定通り進むと期待できる.一方で,ラットでは困難な研究内容については,予定通り,ネコを実験動物として使用する.加えて,ラットとネコにおける動物種差の問題の整合性をどのように解決のかという課題について十分な考慮と配慮が必要となる.
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