研究課題/領域番号 |
25290019
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研究機関 | 公益財団法人東京都医学総合研究所 |
研究代表者 |
橋本 款 公益財団法人東京都医学総合研究所, 運動・感覚システム研究分野, プロジェクトリーダー (50189502)
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研究分担者 |
小柳 清光 信州大学, 医学部, 教授 (00134958)
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研究期間 (年度) |
2013-04-01 – 2016-03-31
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キーワード | アディポネクチン (APN) / パーキンソン病 (PD) / シヌクレイノパチー / αシヌクレイン (αS) / β-シヌクレイン(βS) / APPL1 |
研究実績の概要 |
近年、抗糖尿病は、神経変性疾患の治療戦略における一つのパラダイムになってきた。我々は、抗糖尿病因子として知られるアディポネクチン(APN)が、パーキンソン病(PD)などシヌクレイノパチーの治療にも有効でないかと考え、この仮説をαシヌクレイン(αS)を過剰発現させたラットB103神経芽細胞やαSのトランスジェニック(tg)マウスを用いて検討した結果、いずれにおいても、APNにより、神経変性所見が有意に改善されることを観察した。このことから、APNはシヌクレイノパチーの治療に有効である可能性を考えて、これらの結果を米国神経学会誌に論文発表し、かつ、2015年4月2日付で米国出願の許可通知を得た段階である。 さらに、今後の発展を目指す上で、APNの抗神経変性作用の分子レベルにおけるメカニズムを明らかにすることが重要であると考え、現在、シヌクレイノパチー細胞モデルにおいて、インスリンとAPN細胞内シグナル伝達の役割をシグナルのクロストークに、特にAPPLsというシグナル分子の安定性に関与する分子に焦点をあてて解析している。また、APNがシヌクレイノパチーの非運動症状に対しても有効かどうか明らかにすることは極めて重要であると考え、β-シヌクレイン(βS) P123H tgマウス(Fujita et al Nat commun 2010)を用いて、マウスの認知機能異常などの非運動症状に対するアディポネクチンの鼻腔投与による治療効果を検討する。このマウスは、空間認知機能障害が顕著に観察され、レヴィー小体型認知症のモデル動物として有効であると考えられる(国内の特許を取得済)。さらに、シヌクレイノパチーフライモデルを確立し、APN治療の改良をおこなうと同時に、病態解析による新しい知見を得ること、ドラッグスクリーニングを行い、新しい創薬ターゲットを見出すことなどを視野に入れている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
上述したように、我々の結果は、APNがシヌクレイノパチーの予防治療に有効である可能性を示唆している。これに関連し、まず、シヌクレイノパチー細胞モデルを用いて、APNによる抗神経変性作用の分子メカニズムを明らかにすることを目標にしている。 PDなどの神経変性下の病態脳では、インスリン抵抗性が増大し、インスリン受容体シグナルの活性が低下していることが言われている。これに一致して、αSを発現させた神経芽細胞において、インスリン添加した時に観察されるIRS-1やAktのリン酸化の程度が有意に減少していること、APNを前処理することによって、低下したインスリンシグナルが回復することが観察された。この細胞において、インスリン、APNを加えるとIRS-1に比べて、Aktがより強くリン酸化されることから、APNの抗神経変性作用には、インスリン受容体シグナルとAPN受容体シグナルの下流のクロストークが重要ではないかと予想された。さらに、APPL1の発現がαS発現細胞においては、有意に増加していることを見出した。siRNA法によって、APPL1の発現をノックダウンさせると、APNの作用は認められなくなることからも、APPL1が、インスリン受容体シグナルとAPN受容体シグナルのクロストークに重要な役割を演じているのではないか?、恐らく、APPL1はインスリン受容体シグナルの低下を補うために反応性にその発現が上昇したのではないか?と推定された。また、APPL1の活性化にリン酸化が重要である可能性を検討するため、現在、APPL1のリン酸化抗体を作成した段階である。さらに、APNとインスリンを共添加すると、αSを発現させたラットB103神経芽細胞において、αSの凝集抑制効果が増強することを観察しているが、さらなる解析を続けて行く予定である。
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今後の研究の推進方策 |
シヌクレイノパチーにおいては、運動症状以外にも、認知機能障害、強迫症状やうつ症状などの精神異常、便秘や頻尿などの自律神経の症状、睡眠障害、など多くの非運動症状が患者のQuality of life影響することが知られている。したがって、APNが、これらの非運動症状に対しても有効かどうか明らかにすることは極めて重要である。我々は、βS P123H tgマウスを用いて、APNの鼻腔投与が、マウスの認知機能異常などの非運動症状に対するによる治療に有効かどうか検討する。また、我々が提案するAPNを用いた予防治療は、副作用は少なく、また、病変が伝播するという問題はないことが予想される。しかしながら、予防治療の場合、一般的に効果の判定に時間を要するので、さらに、実験系を工夫して、治療効果の強い方法も追求していく必要がある。 1つの戦略は、比較的、寿命が短く、高齢期の実験を計画しやすいモデルを用いることである。αStgフライは、既に報告されているが(e.g. 野生型、A53T、A30Pなど)、βSのフライモデルに関しては、まだ報告が無い。まずは、βSのフライモデル(野生型、P123H,V70M)を作成し、病態の比較解析をおこない、シクレイノパチーモデルとしてを確立する。神経毒性の強いαSA53T変異型やβ-シヌクレインV70M変異型では、生存期間の短縮及びドーパミン量の減少が予備的に観られている。このようなフライの実験系を用いて、APN投与の効果を判定することで時間の節約を図ることが可能になるだろうと期待している。また、他方で減少したドーパミン量を回復するような化合物を探索し、その化合物の作用標的を探る、すなはち、個体レベルのフェノタイプスクリーニングをおこなうことによりことにより、これまでにない新規創薬ターゲットの同定に結びつけることができるのではないかと考える。
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次年度使用額が生じた理由 |
我々は、抗糖尿病因子として知られるAPNが、αSを過剰発現させたラットB103神経芽細胞やαSを発現させたtgマウスの系においても、APNにより、神経変性所見が有意に改善されることを観察した。このことから、APNはシヌクレイノパチーの治療に有効である可能性を考えて、これらの結果を米国神経学会誌 (Annals od Clinical and translational Neurology, Sekiyama et al 2014)に論文発表し、かつ、新年度に入り(2015年4月2日付)、米国出願の許可通知が得られた状況である。 このように、インビトロからインビボへと、最初の段階の研究が予想外に早く進んだ結果、これまでの研究費を一部、繰り越すことができたが、当初に計画していたよりも多くの課題を計画し、それらに着手することになり、繰り越した研究費をそれらの研究に当てる必要性が出てきた。
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次年度使用額の使用計画 |
今後の研究の発展、すなはち、最終的なAPNのシヌクレイノパチーの予防治療を目指す上で、APNの抗神経変性作用の分子レベルにおけるメカニズムを明らかにしておく必要がある。現在、シヌクレイノパチー細胞モデルにおいて、インスリンとAPN細胞内シグナル伝達の役割をシグナルのクロストークに焦点を当てた解析を進めている。また、APNがシヌクレイノパチーの非運動症状に対しても有効かどうか明らかにすることは重要であり、βSP123H tgマウスを用いて、マウスの認知機能異常などの非運動症状に対するアディポネクチンの鼻腔投与による治療効果の検討を開始した。さらに、シヌクレイノパチーフライモデルを確立し、APN治療の改良をおこなうと同時に、ドラッグスクリーニングを行い、新しい創薬ターゲットを見出すことなどを視野に入れている。繰り越した研究費を加えて、これらの研究に当てる計画である。
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備考 |
研究室ホームページ http://www.igakuken.or.jp/parkinson/hashimoto/reserch.html
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