現在まで、末梢神経のミエリン形成メカニズムに関する研究は、増殖因子受容体や転写因子の解明に重点が置かれてきた。また、近年急速に進んだ低分子RNAの標的に関しても、ミエリン形成の研究の議論だけに限れば、これらの分子を対象としたものだった。しかし、これらの分子はシュワン細胞の運命決定や生存そのものに関与する場合が多く、今もなお、どのようなタイミングで、どのようにミエリン膜が神経軸索を巻き、どのくらいミエリン膜が作られるのかというミエリン形成に関する基本的な研究命題に関して、未解明なままであった。シュワン細胞がつくるミエリン膜の表面積は、ミエリン膜をつくる前のシュワン細胞のそれに比べて100倍以上になることもある。しかし、その表面積の拡大は永遠におきるものではなく、齧歯類では生後数か月で必ず止まる。神経組織という限られた空間内で、一定の発生期に、このようなダイナミックな形態変化を達成するためには促進系シグナルばかりではなく、抑制系シグナルによる協調的な制御のもと、はじめてミエリン鞘が完成されるのではないかと推定できる。 本研究においては、この抑制系シグナルを明らかにすることができた。それは、サイトヘジン(1および2)とよばれる交換因子(低分子量GTP結合蛋白質の活性化因子)と相反するACAP2(GTPase活性化因子)とよばれる分子を中心とした経路であることが判明した。今後この分子がミエリン変性疾患に関しての創薬標的分子になり得るかどうか検討する。
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