研究課題
卵子は全能性を担う唯一の細胞であり、その発生過程の異常は次世代の個体の疾患原因ともなることから、生物学的・医学的に極めて価値の高い細胞である。しかしながら卵子の発生過程の解明は、卵母細胞の初期分化過程が胎生期におこることや得られる成熟卵子の数が少量であることから、十分に進んでいない。本研究ではマウスの多能性幹細胞(ES/iPS細胞)から始原生殖様細胞(PGCLCs)を経て卵子までの発生過程を忠実に再現する完全体外培養系の開発を目指す。具体的にはまず始原生殖細胞から原始卵胞までの分化過程を体外培養で再現するために、原始卵胞特異的レポーターES細胞の樹立、培養条件の検討、PGCLCsの増殖や減数分裂を制御する因子の検索、体外培養で得られた原始卵胞の機能的解析を行う。本年度の研究により、本研究で再現する原始卵胞形成過程の遺伝子発現解析を行った。具体的には始原生殖細胞、減数分裂移行期の卵母細胞、原始卵胞卵における遺伝子発現をRNA-seqにより解析した。その結果、原始卵胞卵に特異的、または比較的に強く発現している遺伝子を97個単離した。これらの遺伝子から最も特異的かつ発現量の多い遺伝子を選択し、レポーター遺伝子の構築を開始した。また、本年度の培養条件の検討により、効率良く多くの始原生殖細胞が減数分裂に移行する条件を決定した。この条件では約半数の始原生殖細胞が減数分裂に移行すると考えられた。次に、PGCLCsの増殖や減数分裂を制御する因子の探索を行った。始原生殖細胞を様々な組織の細胞と培養した予備実験の結果、始原生殖細胞の増殖や減数分裂の支持能は雌生殖巣の細胞と一部肺細胞に認められた。このため予備実験に用いたそれぞれの組織の遺伝子発現をRNA-seqにより解析し、生殖巣と肺細胞に特異的に発現している因子の検索を行った。現在までにRNA-seqを終了し、データを解析している。
2: おおむね順調に進展している
以下研究項目ごとの進捗状況を記載する。1.減数分裂特異的および卵特異的レポーターをもつES/iPS細胞を作製する。:(以下、進捗状況)減数分裂特異的なレポーターES細胞の確立は培養中の減数分裂細胞の効率が低い場合に重要であったが、約半数が減数分裂に移行する培養条件を決定することにより、このレポーターES細胞の問題をクリアした。卵(原始卵胞卵)特異的なレポーターES細胞の作製では、原始卵胞卵のに特異的に発現する遺伝子の検索にやや困難が伴ったが、現在までのその検索を終えているため、概ね順調であると思われる。2.機能的な胎仔卵巣細胞を増殖させる体外培養条件を検討する。:現在培養条件を検討している。3.PGCLCsの増殖や減数分裂への移行を制御している因子を検索する。:予備実験の結果、様々な組織の中からPGCLCsに増殖や減数分裂を誘起する因子を含むものは、生殖巣の体細胞と肺細胞であることが明らかとなった。現在これらの組織に特異的に発現する遺伝子の検索を行っており、単離された候補因子は培養実験により機能的に証明されると考えられる。4.PGCLC由来の原始卵胞卵を多数作製し、それらを生体内の原始卵胞卵と比較する。:この実験に関しては本年度からの研究実施となっている。5.PGCLC由来の原始卵胞卵の移植および体外成熟培養により受精可能な卵子を得る。:現在までの予備実験として体内の原始卵胞から成熟卵子を得られる培養条件を確立した。
原始卵胞特異的なレポーターES細胞を作製する。時間的にマウスの作製では間に合わないことから、ES細胞にノックインすることにより作製する。この場合、発現量がレポーター蛋白の検出に十分でないことが懸念されるために、これまでに得られている原始卵胞における遺伝子発現解析の結果を精査して、原始卵胞卵に特異的に発現する遺伝子の中で最も発現量の多いものをレポーター遺伝子として選択する。これらのES細胞を用いて、さらなる培養条件の検討により、体外培養における原始卵胞の分化過程の再構築を行う。PGCLCsの増殖や減数分裂への移行を制御している因子の検索に関しては、遺伝子発現解析によって単離された因子を培養液に添加し、それらの効果を解析する。具体的には胎児繊維芽細胞はPGCLCsの増殖を支持しないことが、これまでの実験により明らかであることから、胎児繊維芽細胞上で培養したPGCLCsが候補因子の添加により増殖や減数分裂への移行が認められるかを判定する。減数分裂移行の評価は減数分裂特異的な染色体構造蛋白質の免疫染色により行う。培養条件の検討により得られた原始卵胞について遺伝子発現解析により評価し、さらに移植や培養によりその機能性を検討する。具体的にはES細胞から得られる様々な発生段階の卵母細胞を、それと該当する体内の卵母細胞の遺伝子発現と比較して、その相同性を評価する。また、これまでに体内の原始卵胞から成熟卵子を分化させる体外培養系を確立していることから、ES細胞由来の原始卵胞を同様の条件で培養することにより、成熟卵子への分化を調べる。成熟卵子が得られた場合には、それらを体外受精および仮親への移植を行い、個体発生能を検討する。
研究実施にあたり、PGCLC由来の原始卵胞卵と生体内の原始卵胞卵を比較するための遺伝子発現解析が翌年度に持ち越しとなった。また生殖巣の体細胞の増殖を支持する培養条件の検討がやや遅延しており、これに用いる培養試薬や培養器具が未購入である。これらの研究の実施に用いる予定であった助成基金分の予算を次年度に繰り越した。
本年度において、助成基金分の予算を上記の遺伝子発現解析、および培養試薬・器具の購入のために使用する予定である。具体的な購入項目は遺伝子発現解析のためのcDNA調整試薬、施設使用料、解析試薬、成長因子、培養皿などのプラスチック品である。
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