研究概要 |
本研究は, DNA損傷を修復せずにDNA複製を続ける「損傷トレランス」の分子メカニズムを, タンパク質のX線結晶構造解析によって構造生物学的に明らかにすることを目的とする. さらに, 損傷トレランスを標的とした全く新しい抗がん剤開発の構造基盤を得ることを目指す. 損傷トレランスは, 複製中に生じたDNA損傷をやり過ごす重要な細胞機能である. しかし一方では, 損傷トレランスは, がん細胞がシスプラチンなどのDNA損傷を起こす抗がん剤に抵抗性を持つ原因である. 従って, 損傷トレランスの分子メカニズムを原子レベルで理解することで, 損傷トレランスにおける分子間相互作用を標的とした新規抗がん剤のリード/シード化合物の創出が期待できる. H25年度は, 損傷乗り越えDNA合成に関してはポリメラーゼスイッチングの分子機構を明らかにするために, Inserter-REV1-REV3-REV7複合体の結晶化, X線回折実験, 構造解析を行った. 一方, テンプレートスイッチに関しては, 2つのDNAヘリカーゼであるHLTFおよびZRANB3の試料調製および結晶化, 構造生物学的研究を進めた.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
H25年度は, 損傷乗り越えDNA合成に関してはInserter-REV1-REV3-REV7複合体の結晶化とX線実験, テンプレートスイッチに関しては, HLTFおよびZRANB3の構造生物学的研究を進めた. 具体的には, InserterとしてヒトDNAポリメラーゼ カッパのREV1相互作用領域を用いてInserter-REV1-REV7-REV3四者複合体の結晶化を行い, 結晶を得た. X線回折実験の結果, ヒトDNAポリメラーゼ カッパのペプチドがREV1に結合していることを確認した. HLTFについては, HLTFのDNA結合メカニズムを明らかにするために新たなDNAをデザインして結晶化を進めている. ZRANB3に関しては, PCNAとの相互作用を明らかにするためにZRANB3のPCNA相互作用領域とPCNAとの複合体の結晶化に成功し, 現在構造解析と構造に基づく機能解析を進めている.
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今後の研究の推進方策 |
テンプレートスイッチ経路に関して, ヒトRAD5であるHLTFおよびZRANB3を中心とした構造生物学的研究を行う. 一方, 損傷乗り越えDNA合成経路に関しては, Inserter-REV1-REV7-REV3四者複合体の構造解析を進める. また, 両経路に重要なRAD6-RAD18複合体についても構造生物学的研究を進める. 1) HLTF : 申請者はHLTFのN末端ドメインがDNA認識機能とそのメカニズムをX線結晶構造解析によって明らかにしているが, その機能的意義はわかっていない. 申請者は, HLTFのN末端ドメインがヘリカーゼドメインと連動して, DNAを巻き戻すと考えている. それを検証するため, 様々な構造のDNAとの複合体での構造解析を行い, N末端ドメインの機能を明らかにする. また, ヘリカーゼドメインの調製も進めX線結晶構造解析を目指す. 2) ZRANB3 : ZRANB3とPCNA, ユビキチン, DNAとの複合体でのX線結晶構造解析を行うことで, テンプレートスイッチのメカニズムを明らかにする. 3) Inserter-REV1-REV7-REV3四者複合体 : すでに申請者はPolκ-REV1-REV7-REV3複合体の結晶化およびデータ収集に成功し, 予備的な解析によりヒトPolκペプチドの電子密度を確認している. 今後, 構造精密化をすすめることで, 相互作用メカニズムを明らかにする. 4) RAD6-RAD18複合体 : すでにRAD6-RAD18複合体の結晶化に成功しているが, 結晶化条件の最適化に難航している. そこで, PCNAやDNAとの複合体での結晶化・構造解析を検討する. また, ディスオーダー予測を参考に, 欠失変異体の調製も検討し, 全長に近いRAD6-RAD18複合体の構造解析を目指す.
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次年度の研究費の使用計画 |
当初H25年度にタンパク質精製のためのクロマトシステムを計上したが, 組換え大腸菌の培養条件の検討によって効率的に性状の良いタンパク質生産が可能になったため, 直接経費を組換え大腸菌の培養, タンパク質精製, 結晶化の消耗品に充てた. また, 試料調製と結晶化のために超純水タンクを導入した. さらにX線結晶構造解析を行うためにiMacを導入した. H26年度も継続的にタンパク質生産を行う. したがって, 目的タンパク質の性状に応じてクロマトシステムの強化を検討すると共に, 試料調製の律速になり得る大腸菌培養装置の導入も検討する.
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