研究課題/領域番号 |
25291035
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研究種目 |
基盤研究(B)
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
木下 正弘 京都大学, エネルギー理工学研究所, 教授 (90195339)
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研究期間 (年度) |
2013-04-01 – 2016-03-31
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キーワード | 自己組織化 / 秩序構造形成 / 水 / 蛋白質 / 生体分子 / エントロピー / 統計熱力学 / 積分方程式論 |
研究概要 |
溶媒のエントロピー効果に焦点を当てたモデル解析により,以下のことを示した:糖の添加によって蛋白質熱安定性が向上する;添加効果は糖濃度が高いほど大きく,グルコースよりもサクロースの方が大きい;糖の添加は溶質-溶媒間の多体相関成分を通して水のエントロピー効果の強化に繋がる。共溶媒を添加した場合,その分子サイズが大きいほど安定性は低下し,その親水性が大きく混合溶媒の全充填率が高くなるほど安定性は向上する。正味の安定性は両者の競合で決まるが,糖の場合には後者の効果の方が勝る。 ABCトランスポーターによる細胞からの毒性溶質の排斥に関するモデル解析を行った。円筒状の容器と球状溶質を考え,両者の間に誘起されるエントロピーポテンシャルの空間分布を3次元積分方程式論に基づいて計算した。ナノメートルスケールの空間内の水中では,水分子直径d-Sを周期として大きな正・負の値をとって変化するポテンシャル場が形成される。溶質は,吸い込まれるように容器内に挿入され,キャビティー内で安定化される。挿入後,ATPの容器への結合によって容器形状を連続的に変化させ(例えば,出口側を開き,入り口側に直径を2d-Sだけ小さくした部位を作りその長さを徐々に長くして行くことにより),エントロピーポテンシャルの空間分布を変化させて溶質を搾り出すことができる。さらに,エントロピーポテンシャル場を利用すれば,様々な性質を持つ溶質の出し入れが出来る「多剤性」が確保できることも分かった。以上の結果の本質はTolCにも適用できる。 RNAアプタマーR12とウシプリオン蛋白質の部分ペプチドP16の結合過程(結合に伴い,P16の大きな構造変化を伴う)を解析し,この過程が水の並進配置エントロピー利得で駆動されることを示した。R12とP16間のファン・デル・ワールス及び静電引力相互作用による安定化は脱水和による不安定化よりもやや小さい。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
蛋白質の折り畳み機構を解明できる理論は,蛋白質の変性機構をも同時に解明できなければならない。我々は,現在までに,溶媒分子の並進移動に起因したエントロピー効果に主眼を置いた独自の統計熱力学理論を用いて,アポプラストシアニンの折り畳みに伴う熱力学量変化の実験値の定量的再現,蛋白質圧力変性機構の解明,蛋白質低温変性機構の解明,蛋白質熱安定性の指標の提案などで成功を収めてきた。本年度,糖の添加によって蛋白質熱安定性が向上することの理論的説明にも成功し,折り畳みと変性を統一的に理解する研究で大きな進展が見られた。 AcrA-AcrB-TolCで知られる多剤排出は,TolCにもその働きが無ければ実現しないことを議論し,そのメカニズムを解明できた。やはり溶媒分子の並進移動に起因して拘束空間内で形成されるエントロピーポテンシャル場が鍵となることを示した。得られた成果はABCトランスポーターの多剤排出機構の解明にも横断的に適用できる。エネルギー的な因子が支配的な場合は多剤性が実現できないことを示せたが,これは予想以上の成果であった。 RNAアプタマーR12とウシプリオン蛋白質の部分ペプチドP16の結合過程(結合に伴い,P16の大きな構造変化を伴う)を解析し,この過程が水の並進配置エントロピー利得で駆動されることを示した。R12とP16間のファン・デル・ワールス及び静電引力相互作用による安定化が結合の駆動力であるとする既往の研究があるが,これらは脱水和による不安定化に凌駕されるため,不安定化を補償するために重要ではあるが駆動力にはなり得ないことを示せた。結合の自由エネルギーの理論計算値が実測値と定量的にほぼ一致したことは驚きであった。 上記の成果は,膜蛋白質の立体構造安定性の研究にも発展し,リン脂質分子の疎水鎖を構成する炭化水素基の並進移動に起因したエントロピー効果が重要な役割を果たすことを初めて示せた。
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今後の研究の推進方策 |
RNAアプタマーとMusashi蛋白質の結合過程(結合に伴い,RNAアプタマーの大きな構造変化を伴う)や,変性蛋白質とターゲット分子の結合過程(結合に伴い,変性蛋白質の大きな構造変化を伴う)に対する解析を実行する。いずれも「結合と連結した立体構造形成による分子認識」とカテゴライズできるが,それらの機構が鍵-鍵穴モデルや適合融合モデルで記述できる分子認識の機構と本質的に同じ物理に根ざすことを示し,種々の分子認識機構を統一的に説明する。 AcrBでは,各プロトマーが「待機」・「結合」・「排出」と分類される3通りの異なる立体構造をとる。待機構造のときに薬剤の取込,排出構造のときに薬剤の排出が起こる。各プロトマーが待機→結合→排出→待機→・・,結合→排出→待機→結合→・・,排出→待機→結合→排出→・・なる構造変化を続けることにより,薬剤の取込・排出を繰り返すことができると考えられる。その場合,トリマー全体が回転しているように見える。水および膜内炭化水素基集団の並進配置エントロピーを軸とした独自の統計熱力学理論による解析結果に基づき,この回転のメカニズムに対する斬新な描像を構築する。結果として,F1-ATPaseにおけるガンマサブユニットの回転のメカニズムと基本的な物理が同じであることを示す。 尿素添加による蛋白質の変性は,溶媒のエントロピー効果では説明できそうに無いことが,我々の予備解析で明らかになっている。尿素-蛋白質間のファン・デル・ワールス引力相互作用を導入して理論を改訂し,説明を試みる。蛋白質立体構造安定性に及ぼす塩の効果についてもチャレンジする。 自己組織化によって形成された秩序構造は,高圧をかけると崩れる。低温では構造形成力が弱まる。これらの実験事実が,水の並進配置エントロピー効果の溶質-水間多体相関成分で支配されていることを明確にし,各々の現象のSpecificityに対しても考察を加えたい。
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