研究課題
クロオオアリ(Camponotus japonicus)の働きアリは、種に特有の18種類の炭化水素成分の混合臭を体表に纏って社会的帰属性を顕示するとともに、相手の体表炭化水素臭を匂いで嗅ぎ分け敵・味方を判断し適切な行動をとる。次世代シークエンサーを用いた研究で、敵・味方を識別するために用いられる嗅覚受容体遺伝子の候補として、同定した全嗅覚受容体遺伝子約400種類の内から121種類の遺伝子を特定した。これらの遺伝子は、働きアリが巣仲間識別に用いる炭化水素に感受性をもつ嗅覚感覚子の約100個余りの機能の異なる嗅覚受容神経において発現している可能性が高い。一方で、クロオオアリが巣仲間識別に用いている18種類の炭化水素のほぼ全ての化学合成が終わり光学異性体も含め行動学的に有効な分子構造が明らかになりつつある。リコンビナント受容体をアフリカツメガエルの卵母細胞に発現させてこれらの炭化水素各成分がどのように作用するかを電気生理学的に調べることとした。一方、これまで全体像が不明であった当該感覚子内部の微細立体構造を、連続ブロック表面走査型電子顕微鏡(SBF-SEM)を用いて調べ、得られた連続画像をもとに感覚子内受容神経群の3Dモデル(内包される100個余りの嗅覚受容神経群とその周辺構造を含む)を完成した。立体構築した受容神経の感覚突起には1~7個の瘤状構造が見られ、全瘤数の約7割が瘤の部分で1~11個の周辺感覚突起を接着し、約1000か所で受容神経どうしが相互連絡している可能性が示唆された。予備的に、働きアリの触角に昆虫ギャップ結合の構成タンパク質(イネキシン)が発現しているかどうかをウェスタンブロットと免疫組織化学染色法で調べたところ、触角組織内に発現が見られた。また、匂い分子を取り込む嗅孔が多数みられる感覚子先端部分には意外なことに、感覚突起が達していないことが明らかとなった。
1: 当初の計画以上に進展している
実験計画のうち、クロオアリの全ゲノム決定と、カースト並びに組織別の触角のRNA-seq解析完成し、受容膜周辺の感覚子リンパにおける炭化水素のキャリアと考えられている化学感覚タンパク質(CSP)と、炭化水素嗅覚受容体タンパク質についての解析を完了した。当初考えていた、触角葉における化学シナプスで働く機能分子の解析の代わりに、全く予想していなかった、感覚子内嗅覚受容神経の感覚突起どうしの連絡による受容神経ネットワークの存在を示唆する形態学的発見があったため、目下、電気シナプスの存在が期待される瘤状構造体の微細形態を電子顕微鏡レベルで精査するとともに、昆虫ギャップジャンクション構成タンパク質、イネキシンに注目して研究を進めているところである。すでに、クロオオアリの触角には8種類のイネキシンが発現していることを明らかにした。センサ内受容神経ネットワークについては、3dプリンタ模型やin silicoで機能的構造を再現し、数学、情報科学の専門家と共同して、その作動性を仮想的にテストする準備を進めている。このテスト結果を、クロオオアリの実センサの作動性と比較しながら再現条件を絞り込むことによって作動原理を突き止めることができると考えている。このように、当該感覚子においてセンサユニット内受容神経ネットワークの存在を示唆する微細立体構造を世界で初めて明らかにしたため、当初の計画以上に研究が進展していると判断した。H27年にはScientific ReportsにCSPについての論文を発表し、その成果は神戸新聞で報道された。また国際ニューロエソロジー学会で2題の発表を行った。H28年には現在準備中の受容体に関する論文を発表し、国際嗅覚味覚シンポジウムで発表する予定である。
121種類のリコンビナント受容体をアフリカツメガエルの卵母細胞に発現させて18種類の炭化水素各成分がどのように作用するかを全て明らかにすることは困難であるため、代表的な例に限ってこの電気生理学実験を進めるとともに、バイオインフォマティクス研究を行うこととする。研究の方向としては、嗅覚受容体の立体構造比較に基づく機能予測と社会性昆虫種相互比較によるシンテニー解析が考えられるが、H28年度の本研究計画においては、クロオオアリの嗅覚受容体遺伝子を主とした論文発表とともに公表を目指す、嗅覚受容体遺伝子の正確なカタログを完成すること、バイオインフォマティクスの手法を適用し、嗅覚、味覚受容体遺伝子と受容神経関連遺伝子や炭化水素合成酵素などについて、様々な社会形態をとる昆虫、ないし他のアリ類とクロオオアリを比較したシンテニー解析を進める。また、当該感覚子内の微細立体構造観察から100個以上の嗅神経に由来する感覚突起は途中分岐せず、間歇的に瘤状のサブセルラー構造を作って束となり、感覚子先端手前まで伸びていることが分かった。感覚突起の膜どうしが近接している部位で電気的なカップリングが起きていることを明らかにできれば、当該感覚子の仲間識別センサとしての機能性を効果的に説明できるので、数理モデルを作って神経束の並列等価回路の方程式を解くとともに、イネキシン抗体を使った電気カップリングの検証実験を完成させる。抗体を使った受容体分子の局在証明を行うことも可能なので、注目すべき受容体分子の抗体も作製し今後の展開に備える。最終的に、本システムにおける受容体遺伝子の発現と受容神経の対応、あるいは多成分匂いパターンの差分検出 センサユニットとしての作用機序を実証する。
本研究の集大成として巣仲間感覚に関する嗅覚受容体遺伝子に関する論文を現在準備中であり、論文を仕上げるために、次年度使用額が生じた。また、抹消の受容神経の感覚突起どうしの連絡によるセンサ内受容神経ネットワークの存在を示唆する予想外の新発見があったため、数学、情報科学の専門家と共同して、その作動性を仮想的にテストする準備を進めている。この研究を進め論文執筆に必要な文献調査をたするためには補佐員の雇用が望ましい。
H28年度の予算90万円のうち、40万円を補佐員の雇用費(週2日各6時間)に、30万円を消耗品に、20万円を論文掲載費、学会参加費と旅費に充てる予定である。
すべて 2015
すべて 雑誌論文 (3件) (うち査読あり 3件、 オープンアクセス 3件、 謝辞記載あり 3件) 学会発表 (4件) (うち国際学会 3件、 招待講演 2件)
Scientific Reports
巻: 5 ページ: Article 13541
10.1038/srep13541
Frontiers in Integrative Neuroscience
巻: 9 ページ: Article 59
10.3389/fnint.2015.00059
Zoological Letters
巻: 8 ページ: Article 135
10.1186/s40851-015-0034-z