軟体動物腹足類モノアラガイに味覚嫌悪学習を施すと、インスリン様ぺプチド遺伝子の転写発現が亢進していることが、われわれの先行研究からすでにわかっていた。本研究では、モノアラガイの脳内インスリン様ペプチドの濃度およびグルコース濃度の2つを人為的に調節することによって、それらの濃度と学習成績との関係についての詳細を明らかにすることを試みた。そして最終的には、栄養状態と学習成績との関係を見出すことを目的とした。 面白いことに、グルコース濃度は学習成績に対してあまり効果を持たなかったが、一方で、インスリン濃度は学習記憶の改善に寄与していることがわかった。そのインスリンの効果について詳細を述べる。 われわれはこれまで経験的に、1日の軽い絶食であれば味覚嫌悪学習が成立し良い学習成績を残し、5日の長いシビアな絶食のときは、学習成績が悪いことを知っていた。そうすると、インスリン様ペプチドがこの悪い成績を改善できるのかがポイントとなった。予想通り、5日間の長いシビアな飢餓状態において、インスリンを注入すると、学習成績の向上が認められた。これはモノアラガイにとって何を意味するのであろうか?モノアラガイにとっては次のような解釈が成り立つと考えられた。シビアな飢餓状態におかれたモノアラガイは、学習成績が悪いが、実はそれは見せ掛けだけであって、学習そのものは成立している。言い換えると、腹が空きすぎているので、学習は獲得しているものの、「背に腹は代えられぬ」状況にあり、テスト時に咀嚼運動をしてしまう。こういう考え方がアイデアとして出てきた。そこで、各種の実験を行ったところ、確かにこのように「背に腹は代えられぬ」は成立していることが明らかとなり、かつ、その隠れた記憶を蘇らせるには、想起させる寸前に、同じような飢餓状態に再度モノアラガイをおく必要があることも示された。
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