研究課題
基盤研究(B)
胚発生過程で,いったんは不活性化されるX染色体が発生の進行とともに再活性化されてしまうSmchd1-/-のメス胚では,DNAメチル化を始めとするエピジェネティック制御の維持機構が損なわれていると予想される.本研究課題では,クロマチン機能の質的変化の維持にSmchd1とその共役因子がどのような役割を果たしているか明らかにすることを目指している.SmcHD1欠損を持つメスはオスより早い段階で致死となることから,X染色体不活性化の異常が指摘されていたが,致死となる直接的な原因についてはこれまで十分な解析がされていなかった.我々は,妊娠中期以降の胎児および胎盤の組織学的解析を行った結果,致死となる時期までにメスの胎盤では巨大栄養膜細胞の数が著しく減少していることを見出した.これは,以前我々が報告しているXistの部分的機能欠損を持つ胎児の胎盤で観察された異常とよく似ていた.そこで,このXist変異とSmcHD1の関連を検討するため,この変異を持つ栄養膜幹(TS)細胞でSmcHD1の局在を免疫染色により調べたが,顕著な異常は認められず,両者の間に直接的な因果関連はないと判断した.これらの解析から,SmcHD1欠損胚のメスが早期に致死となる直接の原因は胎盤における巨大栄養膜細胞の欠如であると結論付けられた.また,巨大栄養膜細胞は不活性X染色体の維持の異常によるX連鎖遺伝子の再活性化に,より感受性が高いことも示唆された.SmcHD1欠損マウスにおける不活性X染色体のエピジェネティックな状態については,13.5日胎児に由来する胚線維芽細胞(MEF)を用いて,予定していたすべてのヒストン修飾の免疫染色を終えた.その結果,意外なことにSmcHD1欠損MEFと野生型のMEFとの間に有意な差が見いだされなかった.
2: おおむね順調に進展している
これまで不明であったSmcHD1欠損胚のメスが致死となる直接的な原因が胎盤の巨大栄養膜細胞の著しい現象であることを見出すことができた.この結果は,SmcHD1の欠損によって引き起こされる不活性X染色体の再活性化に巨大栄養膜細胞は高い感受性を示すことが示唆された.これは,以前我々が報告した別の変異マウスの解析結果と支持するものであった.これまでに複数の胎児に由来するMEFにおいて不活性X染色体のエピジェネティクスの異常を調べるために,予定していたH3K27me3,H3K20me1,H3K9me2,H2AK119ub,H3K9me3,H4acなど6種類のヒストン修飾,およびSmcHD1,HP1などのタンパク質に対する抗体を用いた免疫染色をすべて終えた.結果は,予想に反しいずれのヒストン修飾にも異常は見いだされなかったことから,SmcHD1の招く異常が不活性X染色体のクロマチン全体に及ぶような単純なものではない可能性が示唆された.ヒストン修飾に全く影響しないという可能性も考えられるが,いずれにしろChIP-seqによる詳細な解析の必要性を示している.これらの結果は,次年度以降の研究計画の立案,およびそれに見込まれる時間を勘案するに役立つものである.
これまで,X染色体不活性化はXist RNAのモノアレル性の発現亢進と染色体の被覆以降,ヒストン修飾を含めスッテプワイズに進むと考えられてきた.今回の免疫染色で何らかの違いが見出されていれば,マルチステップのどの段階にSmcHD1が関与するかがわかったであろうが,この解析からは期待した成果は得られなかった.そこで,SmcHD1欠損胚のメスにおける不活性X染色体のエピジェネティクスをさらに詳しく調べるために,次世代シーケンサーを用いた解析を行う.まず,免疫染色で用いた様々なヒストン修飾に対する抗体を用いて,ChIP-seqを行い,免疫染色より高い解像度でクロマチン修飾状態を調べる.これによって,欠損胚と野生型胚の間のクロマチンレベルの違いを見出せる可能性はある.また,細胞にBrdUを取り込ませたのち,抗BrdU抗体を用いてBrdU-seqを行い,染色体ワイドの複製タイミングの詳細についても調べる.
平成26年度に異動することが決まり,機器,試薬の補充の必要性が見込まれたので,基金分については翌年度に持ち越した.また,異動の予定に伴い,いくつかの実験の延期を余儀なくされたので,そのための費用も持ち越す必要があった.研究費の持越しに伴う実験の遅れは最小限で,今後研究を遂行に当たって大きな問題はない.SmcHD1欠損MEFを用いて,RNA-seq,ChIP-seq,BrdU-seqを行うので,その試薬購入に多くの費用を要する.また,マウスの飼育ケージ,餌,床敷きの購入,およびマウスの世話のためのアルバイト雇用にも支出する.
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