研究課題/領域番号 |
25292059
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研究種目 |
基盤研究(B)
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研究機関 | 名古屋大学 |
研究代表者 |
吉村 徹 名古屋大学, 生命農学研究科, 教授 (70182821)
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研究分担者 |
邊見 久 名古屋大学, 生命農学研究科, 准教授 (60302189)
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研究期間 (年度) |
2013-04-01 – 2016-03-31
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キーワード | D-アミノ酸 / D-セリン / D-アミノ酸スパラギン酸 / D-セリンデヒドラターゼ / アスパラギン酸ラセマーゼ / ピリドキサルリン酸 / 細胞性粘菌 |
研究概要 |
1)ピリドキサール5リン酸(PLP)と亜鉛に依存する真核生物型D-セリンデヒドラターゼ(Dsd1p)において、PLPのピリジン窒素と相互作用するY203の役割を検討した。Y203F、Y203A、Y203S、Y203R変異型酵素は、WTと同程度のデヒドラーゼ活性を保持したが、Y203D、Y203E変異体では活性は顕著に減少した。Y203DとD-Serを重水中で反応させたところ、WTでは見られないα水素の重水素置換が観察された。この結果から、Y203D反応が明瞭なカルボアニオン中間体の形成を伴うE1機構で進行すること、野生型酵素においてY203はカルボアニオン中間体の安定な存在を妨げることでデヒドラーゼ活性を高めている可能性があることが考えられた。 2) 哺乳動物におけるD-アスパラギン酸(D-Asp)生合成機構について、アスパラギン酸トランスアミナーゼ(GOT)と高い相同性を持つGOT1L1がアスパラギン酸ラセマーゼであるとの報告がなされていた。これを検証するために、GOT1L1を動物細胞で発現、精製して酵素活性を測定した結果、GOT活性は認められたがラセマーゼ活性は検出されなかった。一方、got1l1遺伝子のノックアウトマウスを作製し、種々の組織のD-Asp含量を測定したが野生型との差は認められず、GOT1L1はアスパラギン酸ラセマーゼではない可能性が高いと結論された。 3)細胞性粘菌におけるD-セリンの生理的役割を解析する目的で、Dsd1p遺伝子をノックアウトした。Klebsiellaを播種した培地状での粘菌の増殖速度をプラーク半径の増加速度から判定した。ΔdsdはWTに比べ大きなプラーク半径の増加速度を示し, 二員培養の単細胞期においては, ΔdsdがWTと比べてより大きな増殖速度を示すと推測された。一方、ΔdsdはWTと比べて多細胞体の発達に顕著な遅延を示した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
平成25年度の計画として、(1)真核細胞型D-セリンデヒドラターゼの構造機能相関の解明、(2)哺乳動物におけるD-アスパラギン酸生合成機構の解明、(3)D-セリンの発生・分化における役割の解明、の3点を掲げた。(1)については補酵素であるピリドキサルリン酸と相互作用するチロシン残基の役割の解明を通じて、安定なカルボアニオン中間体形成がD-セリンデヒドラターゼ反応では不利になることを示した。(2)については、遺伝子ノックアウトマウスの解析や異種細胞を用いて発現させた酵素の酵素学的解析を通じて、D-アスパラギン酸の生合成装置であると報告されていたアスパラギン酸ラセマーゼが、実際にはラセマーゼとしては機能せず、アスパラギン酸トランスアミナーゼ活性しか持たないことを明らかにした。(3)については、D-セリンの分解酵素であるD-セリンデヒドラターゼの遺伝子破壊を行い、多細胞期におけるD-セリンの存在が発達過程を撹乱することを明らかにした。このように当初の研究課題についてそれぞれ一定の成果を挙げたと考えており、自己評価を(2)「おおむね順調に進展している」とした。
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今後の研究の推進方策 |
1) 哺乳動物におけるD-アスパラギン酸(D-Asp)生合成機構の解明。平成25年度の研究を受け哺乳動物でのD-Asp生合成系について再検討する。具体的には哺乳動物脳内にN-アシルD-アスパラギン酸の存在を検証し、これが確認された場合にはN-アシルアミノ酸ラセマーゼの存在を検討する。 2)D-セリン(D-Ser)の発生・分化における役割の解明。細胞性粘菌を用いて、セリンラセマーゼとD-アミノ酸酸化酵素遺伝子のノックアウト、およびそのフェノタイプの解析を続行する。各酵素遺伝子の欠損株が得られた場合には、トランスクリプトーム解析を行う。また各酵素遺伝子の転写と発現時期をリアルタイムPCRとイムノアッセイにより解析する。これまでの研究によればD-Serは多細胞期のslugの時期まで存在している可能性が高い。そこで予定柄細胞と予定胞子細胞におけるD-Serの分布を、Nile blueなどによる細胞の分別染色と抗D-Ser抗体による免疫染色により明らかにする。 3) D-アミノ酸による細胞への抗酸化性の付与に関する研究。D-AspなどのD-アミノ酸が培養細胞への抗酸化性を示すかどうかについて検証する。抗酸化性が認められれば、D-アミノ酸が抗酸化因子の転写因子であるNrf2の安定化に寄与するかどうかを検証し、さらにその安定化をもたらす機構、すなわちKeap1の酸化ストレスのセンシングによるNrf2のリリース、GSK-3β経路によるNrf2のリン酸化などを解析する。
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次年度の研究費の使用計画 |
当初、哺乳動物のD-アスパラギン酸生合成は既報通りGOT1L1のラセマーゼ機能によって担われているものと考えていた。そのためD-アスパラギン酸生産能が低下したノックアウトマウスを用いて、D-アスパラギン酸の生殖への関与を解析する実験を予定していた。経費のある程度についてはこれに用いる予定であった。しかし、2013年度に行った研究の結果では、ノックアウトマウスでのD-アスパラギン酸の各組織内濃度は野生型マウスと大差なく、またGOT1L1タンパク質を調製し酵素活性を測定した結果からGOT1L1がアスパラギン酸ラセマーゼである可能性は低いと結論された。この結果は重要な知見であったが、D-アスパラギン酸の生殖への関与を解析するためには、まずアスパラギン酸ラセマーゼの実体を明らかにする必要が生じた。 上述のように、哺乳動物におけるD-アスパラギン酸の機能解明の一つとしてその生殖への関与の解析を計画している。そのため、まず真のアスパラギン酸ラセマーゼを明らかにする。今年度は、哺乳動物脳内に存在するN-アセチルL-アスパラギン酸がラセミ化し、これがD-特異的なアシラーゼによって加水分解されD-アスパラギン酸が生成するとの仮説を検証する。これが正しければこのラセミ化酵素遺伝子を明らかにし、遺伝子ノックアウト、D-アスパラギン酸の生殖への関与を解析する。繰り越した経費はこれらの研究に用いる。
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