研究課題
基盤研究(B)
本研究では、学習・記憶の中枢である海馬歯状回のニューロン新生に着目し、ラットとマウスを用いて、神経幹細胞の他、シナプス・軸索や髄鞘の形成過程を標的とした傷害機序を解明する。更に、マウスの系で、新生ニューロンに受け継がれる遺伝子のメチル化変動を網羅的にスクリーニングし、ラットで評価可能な影響の不可逆性指標を確立する。25年度は、神経幹細胞の増殖・移動阻害物質であるメチルニトロソ尿素 (MNU) と軸索末端傷害物質である3,3'-イミノジプロピオニトリル (IDPN)を選択し、ラットとマウスの発達期暴露実験を実施した。MNUは、胎生後期に単回あるいは短期間、母動物を介して暴露した結果、ラット、マウス共に、子動物の歯状回顆粒細胞のニューロン新生傷害影響として、離乳時にニューロン新生過程後期の前駆細胞の減少と、それに伴う介在ニューロンサブポピュレーションの分布変化が認められたものの、性成熟後にはそれらの影響の消失することが見出された。このことより、MNUの胎生期での一過性の暴露によるニューロン新生の標的細胞は一時的増幅細胞である前駆細胞であり、幹細胞は保護されているものと判断された。また、MNU暴露マウス子動物では、既にニューロン新生傷害関連過メチル化遺伝子として見出しているPvalb、Mid1、Nr2f1のmRNA発現の下方制御は確認されなかったため、網羅的メチル化変動解析は実施しなかった。IDPNの発達期暴露実験では、ラットとマウスともに暴露終了時である離乳時に歯状回門部に存在するGABA性介在ニューロンのうち、reelinないしPvalb陽性細胞数がともに減少を示すことを見出した。また、マウスの実験で得られた海馬歯状回よりゲノムDNAを抽出し、次世代シークエンシング法によりメチル化変動遺伝子の網羅的探索を実施し、遺伝子調節領域の過メチル化されている遺伝子を同定した。
2: おおむね順調に進展している
MNUの発達期暴露実験では、ラット、マウスとも胎生後期の一過性の暴露によって、可逆的な海馬歯状回顆粒細胞の新生傷害の生じることを見出した。その標的細胞は一時的増幅細胞である顆粒細胞前駆細胞であり、その元となる幹細胞は保護されていることを明らかにした。これにより、MNUの一過性の投与によるニューロン新生傷害の特性を明らかにするという25年度の目標は達成でき、ラットとマウスのそれぞれの成果を国際誌に発表した。一方で、MNUによるニューロン新生に対する影響が可逆的と判断され、本研究の目的の一つとして掲げている、エピジェネティックな発現制御の破綻の解明にかかる、遺伝子発現調節領域のメチル化変動として示される下方制御を示す遺伝子の網羅的解析は実施できなかった。そのため、MNUをモデルとしたニューロン新生傷害解析に於いて、目標を完全に達成したとは言えない。一方、IDPNのラットとマウスの発達期暴露実験は終了し、暴露終了時でのニューロン新生傷害の解析も終了した。性成熟後での影響の回復性に関する検討は現在進めているところであるが、25年度の実施計画としてはほぼ予定通り達成度と考えている。また、IDPN暴露マウスの海馬歯状回でのメチル化変動遺伝子の同定はほぼ予定通り終了しており、これらの遺伝子について発現スクリーニングによるIDPNによる標的分子の獲得に着手したところであるが、25年度の目標はほぼ達成できた。
MNUの発達期暴露実験では、胎生後期の一過性の暴露によるニューロン新生に対する影響が可逆的であると判断されたため、胎生期と授乳期での低濃度のMNU暴露実験を企画して、持続的なMNU暴露による幹細胞傷害影響の不可逆性の有無を検討する必要がある。不可逆性が見出された場合、本研究実施の仮説として掲げている、MNUによる幹細胞を含む標的細胞の遺伝子発現プログラミングの破綻の有無を同定し、標的遺伝子のメチル化修飾の破綻機序を解明することで、目標を達成できると考える。IDPNの発達期暴露実験では、ニューロン新生傷害の性成熟後での影響の回復性の検討は終了していないため、その結果をもってIDPNのニューロン新生傷害標的性とその可逆性を明らかとする予定である。また、メチル化変動による不可逆的影響指標の探索として、IDPN暴露ラットおよびマウスで、既にニューロン新生傷害関連過メチル化遺伝子として見出しているPvalb、Mid1、Nr2f1、Atp1a3について、それらのメチル化変動解析を進める。また、IDPN暴露マウスの海馬歯状回で次世代シークエンシング法により同定されたメチル化変動遺伝子については、real-time RT-PCRによる遺伝子発現スクリーニング、パイロシークエンス法によるメチル化配列の確認、免役染色による発現分子の局在同定を進め、IDPNによるニューロン新生傷害の標的分子の獲得を進める。また、26年度では更に、髄鞘形成障害を対象として脱髄誘発性のヘキサクロロフェン (HCP)を選択し、ICRマウス、SDラットを用いて発達期暴露実験を行い、MNUやIDPNと同様の解析を進める。これにより、神経毒性標的性の異なる3化合物でのニューロン新生傷害の不可逆性を担う標的分子の同定が可能となり、27年度に予定している神経毒性物質の毒性評価に適用を図る。
25年度に実施した神経幹細胞の増殖・移動阻害物質であるN-methyl-N-nitrosourea (MNU)の一過性の発達期暴露実験ではニューロン新生に対する影響が可逆的であったことから、エピジェネティックな発現制御の破綻の解明にかかる、遺伝子発現調節のメチル化変動遺伝子の網羅的解析が実施できなかった。よって、新たにMNUの持続的投与による発達期暴露実験を新たに実施して幹細胞傷害影響の不可逆性の有無を検討する必要が生じた。更に、不可逆的影響が見出された場合、メチル化変動遺伝子を網羅的に探索する必要がある。また、25年度に実施した軸索末端傷害物質である3,3'-iminodipropionitrile (IDPN)の発達期暴露実験で見出されたメチル化変動遺伝子に関する解析が実施途上であり、解析を継続・終了する必要がある。ICRマウスとSDラットを用いて、hexachloropheneの発達期暴露実験を実施する。また、ICRマウスを用いて、予備実験の結果を踏まえて低濃度の持続的なMNU発達期暴露実験を実施する。児動物について生後21、77日目での海馬歯状回顆粒細胞層下帯にある幹細胞及び前駆細胞の細胞増殖性、アポトーシス及び分化状況、歯状回門の各種GABA性介在ニューロンの分布について免疫組織化学的に定量解析する。更にマウスで海馬歯状回における次世代シークエンシング解析を実施し、メチル化変動遺伝子を同定し、過メチル化遺伝子についてreal-time RT-PCRによる遺伝子発現スクリーニング、パイロシークエンス法によるメチル化配列の検証、免疫染色による発現分子の局在同定を行う。また、25年度に実施したIDPNの発達期暴露実験で見出されたメチル化変動遺伝子に関するメチル化解析も継続・終了する。
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Toxicol. Lett.
巻: 226 ページ: 20-27
10.1016/j.toxlet.2014.01.014.
巻: 226 ページ: 285-293
10.1016/j.toxlet.2014.02.018.