研究課題
基盤研究(B)
本研究では、化学物質曝露により生じる脂質組成の変化・生理活性脂質の産生に注目し、これらの変化を網羅的に解析するトキシコリピドミクスの手法を用いた新たな化学物質の毒性解析・評価法を構築することを目的としている。本年度は以下の点を明らかにした。1. メチル水銀曝露に伴う脂質プロファイル変化の検討:メチル水銀をマウスに腹腔投与し、神経毒性による後肢の伸張が観察された時点で小脳を摘出し、リン脂質の脂肪酸組成ならびにプロスタグランジン(PG)類の産生を解析した。メチル水銀の毒性発現には酸化ストレスの惹起が関与することが示唆されており、マウス小脳には酸化ストレスに脆弱な多価不飽和脂肪酸を含むリン脂質が多量に存在していたが、メチル水銀投与群、非投与群で、その含有量に大きな違いがみられるリン脂質分子種は観察されなかった。また、PG類の産生にも大きな違いはみられなかった。現在、野生型マウスでは顕著な神経毒性が観察されないより低用量のメチル水銀を、過酸化脂質の除去能が低下しているiPLA2γの遺伝子欠損マウスに投与し、同様の検討を進めている。2. ドキソルビシン曝露に伴う脂質プロファイル変化の検討:心筋障害を引き起こすドキソルビシンの毒性発現にも膜脂質の過酸化が関与すると考えられている。ドキソルビシン投与による心臓の膜リン脂質の脂肪酸組成の変化について検討し、アラキドン酸等多価不飽和脂肪酸をもつホスファチジルエタノールアミンの含有量がドキソルビシンの用量に依存し、低下する傾向を示すことがわかった。3. 化学物質の新たな毒性マーカーとなりうる過酸化脂質の探索・同定:遊離脂肪酸をアシルCoAに変換するACSL4は、酸化された脂肪酸を膜リン脂質にリサイクルする反応に深く関与する。このACSL4をノックダウンすることにより、化学物質の新たな毒性マーカーとなりうる過酸化脂質の探索を試み、そのひとつの候補として5,11-diHETEを同定した。
2: おおむね順調に進展している
酸化ストレスを惹起することにより特定臓器に毒性を示すメチル水銀、ドキソルビシンについて、その毒性標的である小脳、心臓における脂質プロファイルの変化について検討することができた。この点においては順調に研究が進んだが、メチル水銀投与マウスの小脳においては明確な脂質プロファイルの変化は観察されず、今後、ドキソルビシン投与マウスの心臓とともに、iPLA2γやPHGPxといった過酸化脂質の除去に関わる酵素の遺伝子欠損(KO)マウスを用い、検討する必要があると思われる。また、発がん性を示す化学物質曝露の実験も開始したが、化学発がんの過程には多くの時間が必要なため、この実験における脂質プロファイル変化の検討は、平成26年度に進めることとなった。さらに、化学物質の新たな毒性マーカーとなりうる過酸化脂質として5,11-diHETEを同定したが、ACSL4のノックダウン細胞を用いることにより、5,11-diHETE以外にも数種類の既知のものとは異なる過酸化脂質を見出しており、現在、これらについても構造決定を進めている。
メチル水銀、ドキソルビシンだけでなく、カドミウムやパラコートといった、酸化ストレスを惹起することにより特定臓器に毒性を示す他の化学物質曝露に伴う脂質プロファイルの変化についても、順に検討するとともに、上述したように、メチル水銀投与マウスの小脳や、ドキソルビシン投与マウスの心臓の脂質プロファイルの変化については、iPLA2γやPHGPxといった過酸化脂質の除去に関わる酵素のKOマウスを用い、検討を開始する。また、発がん性を示す化学物質として、現在、皮膚がんを惹起するDMBA/TPAをマウスに曝露する検討を進めている。この皮膚における化学発がんの進行に伴う脂質プロファイル変化の解析を進めるとともに、BBN曝露による膀胱化学発がんの解析を開始する。これらについては、プロスタグランジン産生に関わる酵素の遺伝子改変マウスを用いた検討も行う。さらに、内分泌かく乱作用が疑われる化学物質の曝露実験についても、順に進める計画である。
本年度は、マウス等の実験動物代が計画以上にかからず、次年度に基金をまわすことが可能になった。また、機器についても既存の機器で解析を行うことが可能であったため、特に購入する必要がなかった。化学発がんの実験を行うために、当初の計画以上にマウすが必要となる。研究費の多くは実験動物代を中心に、物品の購入にあてる計画である。
すべて 2014 2013
すべて 雑誌論文 (3件) (うち査読あり 3件、 オープンアクセス 1件) 学会発表 (9件)
Lipids in Health and Disease
巻: 13 ページ: 48
10.1186/1476-511X-13-48
Biochimica et Biophysica Acta - Molecular and Cell Biology of Lipids
巻: 1841 ページ: 44 - 53
10.1016/j.bbalip.2013.09.015
Brain Research
巻: 1537 ページ: 37 - 45
10.1016/j.brainres.2013.08.031