研究課題
基盤研究(B)
本研究では、樹木根系が熱帯林土壌の炭素動態に直接的・間接的に与えるインパクトに着目し、熱帯林における土壌圏の炭素貯留と炭素放出における根系の役割を評価することを目的としている。ここでは、未だ熱帯での適用例が報告されていない新しい調査法を用いた細根のターンオーバーの推定し、これまで熱帯ではブラックボックスとされてきた土壌呼吸の変動に対する根と菌根の役割を明らかにするため、(1) 細根の成長と枯死が土壌への炭素貯留量にもたらす影響、(2) 土壌呼吸における根系及び菌根の役割、の2種類の実験を実施する。実験は、申請者らが2002年から炭素循環の調査を続けてきたマレーシア、サラワク州にあるLambir Hills国立公園の4haクレーンサイトで行う。本年度は、同試験地において3つの実験プロットの設置し、以下の準備作業を行った。1.課題(1)と(2)において、土壌中の細根の根系動態の制御とそれに伴う土壌呼吸変化を測定するため、6種の改良型イングロースコアを作成し、試験地に埋設した。埋設したコアは、埋設2か月後、6か月後、12か月後の3回に分けて取り出し、中の根系増加量、根系分解量を測定したところ、新規根系の順調な増加と、根系リターの分解が確認された。また、コアの上には土壌呼吸カラーを設置し、根系の増加と分解に伴う土壌呼吸量の変化を得た。2.課題(1)に関して、根系動態を継時的に測定するためのCCDスキャナ法の測定器具を作成し、試験地に設置した。3.課題(2)に関して、土壌呼吸の連続測定を行うための自動開閉型チャンバーの開発を行った。
1: 当初の計画以上に進展している
(1-1)改良型イングロースコア法による細根のターンオーバーの推定:Osawa et al. (2012)の提案に基づき、Organic-free-soilのみとOrganic-free-soilと枯死根を詰めた2種類のイングロースを準備した。さらに根の動態を細根部分と菌根部分に分けて評価できるように、イングロースを15mmメッシュで作ったもの(根も菌根も通過する)、透根防水シートで覆ったもの(根は通過しないが、菌根は通過する)、透湿防水シートで覆ったもの(根も菌根も通過せず、空気は通過する)、の3タイプを準備し、計6種のイングロースを試験地に埋設した。これらのイングロースコアのうち、透湿防水シート以外のイングロースコア4種については、埋設2か月後、6か月後、12か月後の3回に分けてコアを採取し、中の根の成長量、枯死量を測定した。その結果、1.42±0.62MgC/ha/yrの新規細根成長量と、2.89±0.62 MgC/ha/yrの新規細根枯死量という、従来の成果と比べて極めて大きな細根成長量が推定された。(1-2)CCDスキャナ法による土壌中の根系動態特性の解明と土壌環境因子との関わり:Dannoura et al. (2008)に基づき、土壌にA4サイズのCCDスキャナを覆うアクリルケースを埋設した。ケース内にスキャナを指し込み、毎月の土壌スキャンニングを行った。(2-1)細根の成長、枯死、分解が土壌呼吸の発生量にもたらす影響:(1-1)で作成したイングロースコアの上に土壌呼吸測定用カラーを設置し、根の成長に伴う土壌呼吸の変化を求めた。その結果、根が侵入可能なメッシュサイズの大きいコアと根系リターバッグを詰めたコアの2種類で、土壌呼吸が次第に増加する様子が確認された。(2-2)トレンチ法と全自動土壌呼吸測定システムを用いた微生物、根、菌根呼吸の変動比較:全自動土壌呼吸システムを構築するための自動開閉チャンバーや流量コントローラ、チャンネルなどをそろえ、システムの試作品を完成させた。
今年度は引き続き、測定を継続すると共に得られたデータの解析、試作した全自動土壌呼吸システムの設置作業などを以下の項目ごとに行う。(1-1)改良型イングロースコア法による細根のターンオーバーの推定:これまでに得られた細根の成長、枯死速度のデータを用いて、Osawa et al. (2012)の手法に基づき、枯死速度を考慮した生産速度の推定を行う。透根防水シートで覆ったコアから菌糸を取り出し、菌糸生産速度の推定を試みる。埋設24か月後には、全種類のコアを取り出し、細根量、粗根量、細根分解量、粗根分解量、菌糸生産量のそれぞれのデータを取得して、地下部の根系動態による炭素移動量の推定を試みる。同時に取得している温度、土壌含水率データと比較することで、これらの炭素移動の環境制御要因についても検討する。(1-2)CCDスキャナ法による土壌中の根系動態特性の解明と土壌環境因子との関わり:毎月の画像取得を引き続き行うと共に、画像処理ソフトImageJを用いて、これまでに得られた画像から、根系、菌根、菌糸などを抽出し、根系の成長と消失に関するデータを取得する処理マニュアルを開発する。(2-1)細根の成長、枯死、分解が土壌呼吸の発生量にもたらす影響:土壌呼吸の測定を引き続き行うと共に、これまで得られたデータを用いて、根系の成長、根系の分解、菌糸の成長、の3つの要因がそれぞれ土壌呼吸にもたらす影響を推定する(2-2)トレンチ法と全自動土壌呼吸測定システムを用いた微生物、根、菌根呼吸の変動比較:試作した全自動土壌呼吸システムを運転し、土壌呼吸の連続データの取得を試みる。温度、水分、林冠上の炭素収支などの要因の関係を解析し、土壌呼吸の制御要因と炭素収支における寄与度を推定する。
今年度は当初の予定よりも順調にデータが採取されており、今年度はイングロースコアの材料費や現地雇用の作業員にかかる経費が予想に反して安く上がった。またマレーシア、サバ州で行われた国際会議で研究成果の発表を予定していたが、体調不良によりキャンセルしたことから予定していた予算に余裕が生じた。一方で次年度は、4回の解析ミーティングを予定しており、2回はマレーシアで、2回は国内で行う予定としている。研究メンバーは日本人とマレーシア人の両方が居るため、どのミーティングでも出張費かかさむと考えられることから、予算の一部を次年度に回すこととした。物品費:土壌呼吸観測システムを運転するための消耗品や制御弁など追加のパーツを購入する必要がある。また、イングロースコアを回収するためのトレイなどの消耗品の購入も予想される。旅費:解析を行うためのミーティングを、7月(マレーシア)、9月(日本)、12月(日本)、3月(マレーシア)で予定している。9月のミーティングは、名古屋で開催予定の国際樹木根会議を同時に行い、会議での成果発表も兼ねる予定である。ミーティングでは、毎回、研究協力者3-4名の旅費の支出が見込まれる。人件費・謝金:イングロースコアの回収、コアからの根系の選り分け作業には多くの手間と労力がかかり、現地の作業員の協力が不可欠である。これらの作業員に対する謝金を支出する予定としている。その他:成果を学会発表、論文発表する際の参加費や英文校正代金、投稿費用などを支出する予定である。
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Journal of Plant Research
巻: 126 ページ: 505-515
10.1007/s10265-012-0544-0