法科学の筆跡鑑定は,鑑定人が目視により抽出した筆跡の特徴を比較して筆者が未知の筆跡の筆者と筆者が既知の筆跡の筆者の異同を判断するが,同じ筆跡を,異なる鑑定人が鑑定した場合,同じ筆跡を比較したにもかかわらず,筆者の異同の結果が異なる場合がある。このため,現在用いられている筆跡鑑定の手法の客観性や科学性に疑問が持たれている。鑑定人が抽出した筆跡の特徴が筆者識別の目的から見て有効な特徴なのか,その特徴を抽出した根拠は何かを明らかにする必要がある。そこで,本研究では,400名程度の筆者から筆跡を収集してデータベースを構築すること,データベースを利用して筆者識別実験を行い統計手法に基づいた筆者識別手法を開発すること,鑑定人が筆跡を観察して得た知覚情報をどのように処理しているかを明らかにすることを目的とした。本研究は,筆跡鑑定の信頼性の向上に貢献すると考える。 平成28年度は,筆跡データベースのデータ処理,注視点解析実験では類似画像分類実験を行った。筆跡データ処理は,手作業処理終了後に時間データ処理に誤りがあることが判明したため,デジタルデータ処理をすべてやり直した。また,画像切り出しプログラムを改良し,自動切り出しの不具合を解消した。注視点解析実験は,植物や動物の類似画像および異なる筆者が書いた同一文字種の筆跡からなる刺激を作成し,筆跡鑑定の経験者8名と一般人20名を対象に,類似画像を似たものどうしに分類する実験を行った。注視時間を経験者と未経験者で比較したところ,植物や動物の画像を分類する試行では,両者に差がなかったが,筆跡分類では,経験者の注視時間が有意に長かった。注視箇所は,両者に大きな差がなかった。分類結果の根拠では,未経験者は筆跡の状態を記述するのに擬態語を多く用いていた。以上より,経験者は,対象をより注意深く観察し,論理的な説明を行っていることがわかった。
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