研究課題/領域番号 |
25330301
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研究機関 | 国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター |
研究代表者 |
山下 祐一 国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター, 神経研究所 疾病研究第七部, 室長 (40584131)
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研究期間 (年度) |
2013-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | 神経回路モデル / 認知ロボティクス / 計算論的精神医学 / 統合失調症 / 自閉症スペクトラム |
研究実績の概要 |
本研究は、脳領野間の機能的断裂症候群(disconnection syndrome)の神経力学的メカニズムを、神経回路モデルとロボットを用いた神経ロボティクスと、人を対象とした実験神経科学との統合的方法によって理解することを目的とする。 本年度の研究では、昨年度に引き続き、階層的な神経回路における様々なパラメータを変化させることによって、脳領野間の機能的連絡の変化をシミュレートした際のロボットの振る舞いの変化、神経活動と内部表現の構造と、実際の神経・精神疾患において観察される症状との対応について考察を試みた。 実験では特に、予期せぬ変化が生じうる環境における適応行動の実現には「予測精度の予測」が重要であり、獲得される行動のタイプにも影響を及ぼすことが明らかになった。例えば、予測精度が高いと予測される場合には、強い学習が行われることでロボットは能動的(トップダウン的)に行動を生成し、予測精度が低いと予測される場合には,弱い学習が行われることでロボットは感覚入力に対して受動的に反応し行動を生成することが示された。このような予測精度の予測に基づく、柔軟な行動タイプの切りかえは、正常な適応行動の生成に欠かすことはできず、このバランスが崩れることで、過剰なトップダウン的行動(保続的、常同的行動)や、ボトムアップ的刺激に過剰に反応した行動(感覚への過剰な反応、意志欠如的行動)といった異常行動を呈することが分かった。 階層的神経回路における、予測誤差最小化と、予測精度の予測は、統合失調症をはじめ自閉症や強迫性障害などの多様な神経・精神疾患との関連が示唆されており、本研究の提供する精神症状のシステムレベルのモデルが、これらの疾患の病態理解に貢献することが期待できる。 本研究内容は、国内・国際会議および学術論文として発表された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初の計画通り、神経・精神疾患の多くの症状が、階層的な神経回路における脳領野間の機能的断裂に対する代償プロセスとして理解できるとの仮説をロボット実験の結果から検証することができた。具体的には、階層的な予測運動制御システムにおいて、起こりうる変化を、神経回路上のパラメータを変化させることによってシミュレートし、結果的におこるロボットの振る舞いの変化、神経回路モデル内の神経活動と内部表現の構造を解析し、実際の神経・精神疾患において観察される治験との現象レベルでの対応にうちて詳細な考察を行った。 さらに予期せぬ変化が生じうる環境における適応行動の実現には「予測精度の予測」が重要であり、獲得される行動のタイプにも影響を及ぼすことを明らかにした。このような予測精度の予測に基づく、柔軟な行動タイプの切りかえのバランスが崩れることで、過剰なトップダウン的行動(保続的、常同的行動)や、ボトムアップ的刺激に過剰に反応した行動(感覚への過剰な反応、意志欠如的行動)といった異常行動を呈することを明らかにした。 本年度には、これらの研究成果を、複数の国内会議・国際会議おしょび、原著論文として発表することができた。また総説としても報告予定である。以上より、研究の目的は十分に達成されていると考えられる。
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今後の研究の推進方策 |
引き続き、国内会議・国際会議・学術論文として積極的に発表を行っていく。特に、当該研究分野は、自閉症スペクトラム障害などを対象に活発化しているため、それらの研究を網羅的に外観した総説としてまとめることも検討している。 これまでの本研究課題で、他者との協調的行動を実現するためには、感覚入力に従う受動的な行動と、予測に基づく能動的な行動をバランスよく切り替える必要があり、その切り替えには、予測誤差最小化プロセスと密接に関係して、「予測対象の不確実性の推定」が非常に重要や役割を果たすことを明らかにした。 前述したように、近年、この予測対象の不確実性の推定プロセスが、臨床精神医学的観点からも、統合失調症、自閉症など、精神疾患の症状形成に重要な役割を果たしている可能性が指摘されている。しかし、その変調がどのように神経・精神疾患の症状に結びつくのかは明らかになっていない。また、予測対象の不確実性推定の変調において、計算論的モデルの観点から、神経システムに内在するノイズの関与の可能性が指摘されているが、抽象的・概念的なモデルの域を出ず、その神経生理学的基盤を直接検証した研究は、ほとんど存在しないという問題がある。 このような状況の中で、神経・精神疾患の計算論的モデル研究においては、脳のシステムのレベルと神経生理学的レベルといった、異なる抽象度を橋渡し統合するような試みの重要性が指摘されている。そこで、本研究では、これまでの研究を発展させ、脳領域間の機能的断裂が、どのように神経・精神疾患の症状形成に結びつくのかを、神経システムの力学的メカニズムの観点から明らかにすることに加えて、神経生理学的レベルのモデル研究を統合的に実施することで、その神経生理学的基盤までも明らかにしようとする。
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次年度使用額が生じた理由 |
予定していた実験・解析作業の進捗がスムーズであったため、研究補助員への謝金が必要とならなかったため、予定していた人件費・謝金に余剰が生じた。
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次年度使用額の使用計画 |
平成27年度に解析を進めていた実験データに、新たに興味深いデータを得ており、広く周知する価値があると考えられるため、国際会議での発表を次年度に行うこととし、未使用額はその経費に充てることとしたい。
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