本研究は、脳領野間の機能的断裂症候群の神経力学的メカニズムを、神経回路モデルとロボットを用いた神経ロボティクスと、人を対象とした実験神経科学との統合的方法によって理解することを目的とする。これまでの研究で、予期せぬ変化が生じうる環境における適応行動の実現には「予測精度の予測」が重要であり、獲得される行動のタイプにも影響を及ぼすことが明らかになった。 さらに、予測精度の予測に関するパラメータを変化させることによって生じるロボットの振る舞いの変化、神経活動と内部表現の構造と、実際の神経・精神疾患において観察される症状との対応について検証する実験を行った。実験の結果、不確実性の予測が増幅(不確実性を過大評価)、減少(不確実性を過小評価)された両条件において、動的に変化する環境や他者との相互作用における異常が観察された。特に、予測精度の予測に関するパラメータの変調が同一であっても、状況によって、繰り返し行動、行動の停止といった異なる異常行動として現れうること、また、予測精度の推定の過大・過小という異なるパラメータ条件が、結果的には似通った異常行動に帰結しうる点は、精神症状のequifinal性(異なる原因が同一の表現型に帰結すること)、multifinal性(同じ原因が異なる表現型に帰結すること)の一側面を再現していると考えることができる。 神経回路における、予測誤差最小化と、予測精度の予測は、統合失調症をはじめ自閉症や強迫性障害などの多様な神経・精神疾患との関連が示唆されており、本研究の提供する精神症状のシステムレベルのモデルが、これらの疾患の病態理解に貢献することが期待できる。これらの成果は、感覚・運動相互作用レベルから意図や高次認知機能といった抽象度の高いレベルの現象との間を橋渡しするような説明を提供することに成功したと考えられる。
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