研究課題/領域番号 |
25340057
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研究種目 |
基盤研究(C)
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
大沢 信二 京都大学, 理学(系)研究科(研究院), 教授 (30243009)
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研究期間 (年度) |
2013-04-01 – 2016-03-31
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キーワード | 環境影響 / 温泉 / 河川 / 化学成分 |
研究概要 |
日本最大級の温泉地である別府温泉を流れ下る,朝見川,境川,春木川,平田川,新川の5つの河川について,上流域から下流域までの多地点で河川水を採取し,主要溶存化学成分の化学分析を行い,これまでに次のことがらを明らかにしている.(1)やや大きな支流を有する河川ではその合流によって総溶存化学成分濃度(TDS)の一時的な低下が見られるものの,おおむね河川の流下とともにTDS値は増加する傾向にあり,最上流域を除きどの河川でも河川水のTDS値が一般の河川のそれを大きく上回っており,特に平田川の下流域のTDS値は1000mg/Lを超えていた.(2)河川水,温泉水,地下水,生活廃水,海水のLi/Cl比とTDS値を比較したところ,TDS値-Li/Cl比図上で温泉水,地下水,海水は明瞭に区別され,上流域の河川水以外の河川水(TDS値≧200mg/L)はのきなみ温泉水が取るTDS値-Li/Cl比の範囲内あり,温泉排水の影響は甚大である. 今年度の調査研究では,以上の5河川の最下流非感潮域において春・夏・秋・冬の都合4回の河川流量観測を行い,河川水の流量と化学分析データを掛け合わせることで化学成分の流出量を算出し,それぞれの観測日の日流出量データをもとに年間流出量の推定を行った.その結果,次の重要な知見を得た.河川水によるClとNa,Kの流出量(全河川の合量)は,それぞれ24.6ton/日,17.4 ton/日,2.5 ton/日であり,沸騰温泉からの流出量とほぼ一致し(それぞれ26.8 ton/日,17.8 ton/日,2.2 ton/日;由佐ほか,1975),湯気を上げ絶えず湧出している沸騰泉からの温泉排水の寄与が大きく,沸騰泉の温泉水の適正利用が自然環境の保全にとって重要かつ有効であることを示唆している.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
研究費申請段階に,準備段階の研究で得た知見「温泉排水が河川へ流入していて,温泉由来成分の濃度が高い水質を示す」を踏まえて以下の3つの具体的課題に取り組むとした.〔I〕偏在していると予想される温泉排水の河川への流入場所(温泉排水の河川への際立った流出箇所)を特定するとともに,その検出方法を確立する.また,下水道整備網や暗渠の分布などとの比較検討から特定流出域の存在理由についても考察する.〔II〕河川へ流入する温泉成分のうち,生態系に対して有害なもの(例えば,As)と人にとって有用なもの(例えば,Li やRb)が1年間を通してどのくらい流出しているかという量的な状況を把握する.さらに後者については,有価金属市場の取引額を参照して,有用金属元素を温泉(排)水から回収した場合の経済的な試算を行う.〔III〕別府温泉地域の河川に生息する熱帯性の魚(テラピアやグッピー)の食物になっていると推定される珪藻の分布状況や河川水質との関係,浮遊珪藻の河口域への流出量を明らかにする. 本年度に実施した調査研究では,上記目標の〔I〕については,具体的な温泉排水流入箇所の特定までには至らなかったが,「沸騰泉からの温泉排水があるところ」という特定の際に重要なヒントとなる本質的な情報を入手できた.目標の〔II〕については,河川水によって河口域まで運び出される有害元素や資源金属元素の年間流出量を把握するための方法を,主要化学成分での”テスト”によって確立することができ,次年度の調査に適用できる自信を深めた.〔III〕については,前倒しで研究を実施し,調査によって得たケイ藻量と水質の関係を探索的因子分析を使って検討したところ,温泉排水因子の因子得点とBSi(生物起源ケイ酸)との間に正の相関を認め,少なくとも自然状態の数倍のケイ藻量を河口域(別府湾)へ排出している可能性のあることをつかんだ.
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今後の研究の推進方策 |
現在までの達成度の理由の欄にも表した3つの具体的課題のうち,まだ十分な成果があがっていない〔II〕に重点的に取り組む.まず,(1)分析する河川水微量元素について,全量が温泉排水由来であることが明示されたLiの濃度との相関関係を検討し,温泉由来元素とそうでない元素を区別する.次に,(2)河川水の流量と化学分析データを掛け合わせて化学成分の流出量を算出する方法を適応させ,生態系に対して有害なもの(例えば,As)と人にとって有用なもの(例えば,Li やRb)が1年間を通してどのくらい流出しているかという量的な状況を把握し,特に後者については見過ごしている「温泉由来の金属資源」をどのくらい流失させているかを施政者に具体的にイメージさせるために有価金属市場の取引額を参照して有用金属元素を温泉(排)水から回収した場合の経済的な試算を行う. また,来年度以降は,研究費申請書にも著したように,温泉成分や浮遊珪藻を多量に含んだ河川水が海洋に流出した後どのように挙動するのかという未知の問題に挑戦するための基礎情報の収集,温泉由来の可能性のあるガスや地下水が海底湧出するとされる場所(野満ほか,1940)を探るために,小型船舶を用いた沿岸海域の試験的な調査・観測を実施する.
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