本研究は、さまざまな症例ごとに適合する多様性と機能性を考慮した、入院加療時に患者が着用する「病衣」デザインの研究および開発をめざすものである。入院時、自ら選択し好みの病衣を着用する女性患者ほど、闘病意欲がみられるとした先行研究をふまえ、症例は乳がんとし、術前化学療法を受診、温存術もしくは乳房切除術をおこなう女性患者を対象とした。 まず、乳がんに限らず入院経験のある女性へのヒアリングから、入院時、ブラジャーなど下着(以下、ファンデーションと記す)を着けず病衣を着用することへの不安感や不快感がみられた。乳がん患者のなかには、放射線治療時のマーキングの擦れ回避のため未着用の場合がある一方、未着用だとマーキングが透け見えるといった、病衣の構造上身体が透ける/シルエットが顕になると考えられていた。 そこで、こうした不安・不快感を軽減する病衣の前身頃の素材と構造について、①ポリエステル素材に「有松・鳴海絞」(「杢目縫絞」「三浦絞」「機械蜘蛛絞」)を施しヒートセット加工の上、「伸縮性」・「復元性」・「嵩高感」を目視比較、②ポリウレタン素材を圧縮し「はり」のある素材の制作をおこなった。①では、「嵩高感」は得られる一方で視覚的印象として「がん細胞を想像させる」など病衣として不適であった。②は「はり」による自立性がみられたが、通気性は悪く病衣に不向きであった。その上で、①の「嵩高感」をもたせながら、②のように身体に密着せず自立しうる素材として、「有松・鳴海絞」の「嵐絞」を用いた。布をバイアス方向と緯方向の折り線を屏風畳みし、筒に巻きつけ押し縮めることで、「伸縮性」や「嵩高感」を有し、さらに折り線部分を起点に自立しうる構造が得られた。これを、病衣の前身頃とし、さらに着こなしで多様性をもたせるベスト型プロトタイプを制作した。しかし、乳がん患者の実験協力者が亡くなったこともあり、検証は行えていない。
|