研究実績の概要 |
作曲家は, 聴き手が抱くであろう期待感の連続を経験に基づいて勘案しながら作曲している. 聴き手は, その作曲者の意図に基づき, 次に立ち現れる音楽的状況に対して期待感を抱きながら音楽を聴取する. 本研究課題では, 音楽を, 次に立ち現れる音楽的状況に対する期待感の連続として扱う. その期待感は, すでに聴取済みの音楽的状況をもとに, 次に立ち現れる音楽的状況に対する推論ととらえることができる. その音楽聴取時にはたらく推論の結果に対して, 正しかったのか, 間違っていたのか, また, それぞれが快・不快いずれだったのか, という評価を聴き手は下す. その評価を定量的に扱うことで, 人間の未来に対する期待感を軸とする音楽生成モデルを作り出すことが可能となる. そして, そのモデルを用いて生成された結果を音楽作品として提示することが本研究課題の目的である. 一方, そのモデルから生成された結果が, 単なる音の素材の集合なのか, 明確な音楽作品なのか, という判断については, それらがもつ構造のみから判断が下されるとはいいきれず, 生成された結果に, 音楽作品としての価値を添えるための戦略実践も考慮する必要があるだろう. 音楽作品に関する価値の形成は, 人間の社会活動によって, その楽曲とは別の社会戦略の場で形成されている可能性を排除できないからである. 音楽情動は, このようにミクロなレベルでは期待感の連続あるいは未来に対する推論として捉えることが可能であり, マクロなレベルではその価値の社会構築の実践として捉えることも可能となる. 人間の推論を定量的に扱う音楽生成モデルは, 未来をいかに描き出すことができるのかという, ミクロ・マクロ双方のレベルを横断しながら, 私たちの音楽的な営みに関する新たなデザインの提案といえるだろう.
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
平成26年度は, 実験に基づく期待感の実証データの取得と, 完成のイメージとなる楽曲の制作を平行して実践を行った. 実証データの取得については, 本研究課題でデザインする音楽生成モデルにおけるプロトタイプサウンドシーケンスを生み出すシステムを, 1) 情報エントロピーを基盤としたシステムとして実現していくためのシステム構築と実験の反復と, 2) 電子音楽を構成する数秒間の断片の偶発的な並べ替えによる印象評価実験の二つの実験を柱として進めた. 実験実証によるデータに基づく楽曲制作というプロセスを, 楽曲制作と実証データを平行して進めるという手法は当初の実践方法から若干の変更があるものの, 全体としてのプロセスおよび目指す完成形について, おおむね合致していると考えられる.
|