研究課題/領域番号 |
25350190
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研究種目 |
基盤研究(C)
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研究機関 | 上越教育大学 |
研究代表者 |
布川 和彦 上越教育大学, 学校教育研究科(研究院), 教授 (60242468)
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研究期間 (年度) |
2013-04-01 – 2016-03-31
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キーワード | 数学教育 / 中学校 / 関数 / 数学的対象 / ディスコース |
研究概要 |
本研究は、小学校高学年から中学校にかけての数量関係領域の学習について、学習の対象の構成自体に問題があるのではないかとの前提に立ち、学習活動の問題点の明確化とその改善のための学習活動の構成とを目指すものである。平成25年度においては、数学教育学における先行研究、特にファン・ヒーレの思考水準論とスファードによるコミュニケーション行為としての思考という考え方を視点として、わが国の現行の学習を考察することを第一の目標としていた。この目標に沿って作業を進め、特にわが国で標準的に使用されている中学校の教科書について、関数の学習がどのように構成されているかを検討した。 その結果、中学校の関数領域の学習については、スファードが指摘するディスコース的対象として数学的対象を構成するという視点から見て、そもそも生徒が関数という探求の対象をディスコース的に構成することを困難にする多くの特徴があることが明らかとなった。学習したり探求したりする対象が何かがよくわからないという問題というよりも、そうした対象が存在すると生徒が感じられない、あるいは何らかの対象について探求しているという感覚が持ちにくいようなディスコースが、教科書の記述から生成されている可能性が示唆された。さらにこうした問題点の性格を明確にするために、フォントらによる存在-記号論からの知見や、関数が重視されていたいわゆる現代化期の教科書の特徴や先行研究における知見を参考にしたところ、ディスコース的対象として関数が構成されにくい学習になっている原因として、多様な関数の定義が混在していること、関数とその表現との関係が曖昧になっていることが見出された。 これらの知見は現行の教科書に直接関わるものであり、現状を改善するための学習活動の構築について新たな視点が提示されることとなった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
平成25年度の研究計画は、思考の対象の成立という観点から数量関係領域の学習や指導について検討し、その上で、現行の問題点として先行研究から予想された、対象の諸性質間の関係網の構築という点から問題点を明確化し、その改善のための学習活動を構成することにあった。 この目標のうち、現行の検討とその問題点を先行研究の枠組みを用いて明確化し、改善のための視点を構成するという点については、研究実績の概要で述べたとおり、十分に達成された。しかしながら、現状の考察により明確化された問題点は、関数を対象として構成するための学習の剥落という点では予想通りであったものの、その性格は、予想されていたものと大きく異なっていた。当初の予想では、ナイーブな形での対象を生徒が持ち、学習の過程でその諸性質を明らかにし、それら諸性質を関連付けることで、数学的な対象として関数が確立されていくと考えられていた。こうした学習は、視覚的なイメージを出発点とする図形の学習を参照したものであり、だからこそ、図形の学習についての標準的な理論であるファン・ヒーレの思考水準論と水準移行の局面論が援用されると予想されていた。しかし、現行の学習や指導、特にそれらの基本的性質に大きく影響する教科書の記述の仕方に見られる問題点が、そうしたナイーブな形での対象の構成をも難しくするという特徴を有し、現行の問題点が予想とは異なるものであったことから、思考水準論を援用する形での現状の改善では不十分となり、改善のための学習活動の構築を完遂するには至らなかった。ただし、補助的な視点として利用を予定していた、ディスコース的な対象の構成の理論が、現行の問題点のむしろ中心をなすことは明らかにされ、したがって、現状改善のための方向性は得ることができたことから、報告のような達成であると考える。
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今後の研究の推進方策 |
数量関係領域の学習について、数学的対象の構成という点から問題点を明確化し、その問題点にそって現状を改善するための学習活動を具体的に考案するという全体の研究計画には変更はないため、今後の研究も、平成25年度に得られた成果にもとづき方向の修正は施しつつ、その基本的な計画にそって進められることとなる。 研究実績で述べたように、関数の学習や指導における現状の問題点がナイーブな形での数学的対象の構成をも阻害する点にあることが明らかになったが、この問題点は現行の教科書の記述についての考察から明らかにされたものである。その問題点が、関数の学習のディスコースに直接関わるものであることから、一方で教室での授業や学習にそれが影響を及ぼす可能性が考えられるものの、他方では教師によるディスコースの形成の中で緩和される可能性も考えられる。そこで、見出された問題点が、教科書の記述に留まるだけでなく、教師により形成される教室内でのディスコースにも見いだされるのかを検証する必要がある。そこで、中学校における関数領域の授業を分析し、その点を考察することとなる。 ディスコース的対象の構成に関わる問題点が授業においても見出され、またそれが教科書の影響によるものと考えられた場合、そうした問題点を改善するためには、単に新たな学習課題の考案といったレベルでの修正では不十分であり、教科書の記述の仕方といったディスコースの形成に直接影響を及ぼす要因にまで踏み込んだ改善が必要となる。同時に、対象に対する操作が対象の構成に対して重要であるという点から、関数に対して生徒が働きかけを行えるような環境として、当初の計画から考慮されていた数学学習用ソフトウェアを利用した動的環境の重要性は、修正された改善の方向でも有効であることから、これら2つの視点を組み合わせる形で具体的な改善策を構築することが、行われねばならない。
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次年度の研究費の使用計画 |
年度途中に発注をしていた海外の出版社による書籍が、年度末になって発行が延期となり取次店よりキャンセルをされてしまったため、その分の金額が次年度使用額となって残ってしまった。 上述の書籍が平成26年度には刊行の予定との連絡が取次店より来ているので、この書籍の購入費として使用の予定である。
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