研究課題/領域番号 |
25350379
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研究機関 | 富山大学 |
研究代表者 |
小野 直子 富山大学, 人文学部, 准教授 (00303199)
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研究期間 (年度) |
2013-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | アメリカ / 精神病 / 精神薄弱 / 移民 |
研究実績の概要 |
当該年度においては,アメリカ合衆国の優生学運動において「不適者」と見なされた精神薄弱者(知的障害者の古称)や精神病者の中でも特に移民に焦点を当てて,なぜ彼らの存在が社会問題と見なされたのか,そしてそれに対してどのような対策が取られたのかを明らかにした。19世紀末から20世紀初頭にかけて,精神薄弱や精神病に特化した施設が増加してケアの専門化が進行する一方で,施設に収容されていない精神薄弱者が一般社会において同種の子孫を大規模に再生産していると主張された。この時期のアメリカ合衆国には特に南東欧からの移民が大量に流入し,彼らが精神薄弱者や精神病者の多くを占めていると考えられた。アメリカ合衆国に到着したばかりの移民の精神病者や精神薄弱者のケアをアメリカ人の税金で支払わなければならないのかという疑問や,彼らが犯罪,貧困,売春,婚外子などの社会問題を引き起こす原因であるという主張は,移民制限の要求へとつながり,19世紀末から度々移民制限法が制定され,入国拒否や本国送還の条件が厳格化していった。このことが意味するのは,19世紀末から20世紀初頭にかけて,それまで家族やコミュニティに任されていた精神病者や精神薄弱者のケアを含めて国民の健康を管理する役割を州や連邦が担うようになるにつれて,公的ケアに値する国民と値しない移民の間の境界線が引かれるのと同時に,誰がその境界線を引く権限を持つのかをめぐって専門職の間で権威と承認を求める争いが起こっていたことである。これは,専門職の台頭や福祉の在り方など,今日の問題とも交錯するものである。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究はアメリカ合衆国における優生学運動の一端を明らかにしようとするものであり,特に「不適者」と見なされた人々のどのような特性が「不適」と見なされたのか,誰がそのような人々を分類する権威を持っていたのか,そして彼らに対してどのような政策が取られたのかを検討している。当該年度は,「不適者」とされた精神病者や精神薄弱者の中でも特に移民に焦点に焦点を当てて,彼らに対してどのような対策が取られたのかを明らかにした。それは,19世紀末から20世紀初頭にかけてアメリカ合衆国に大量の移民が流入する中で,精神病者や精神薄弱者の多くが移民であるという言説が広がっていたからである。本年度の研究により,当該時期に精神病者や精神薄弱者の移民がなぜ問題視されるようになったのか,移民制限法においてどのような移民が制限されるようになったのか,そして移民の選別を行う医療専門家や心理学者などの権威がどのようにして拡大していったのかを明らかにした。しかしながら,実際には精神病や精神薄弱を理由に入国拒否あるいは本国送還となった移民の数はそれほど多くはなく,多数が入国してアメリカ人の税金で施設でケアを受けているか,社会において同種を再生産していると主張された。そのことが,施設に収容された精神薄弱者に対する断種政策の促進にもつながっていくと考えられる。
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今後の研究の推進方策 |
これまでは特に優生学運動が台頭してきた19世紀末から第一次世界大戦頃までの時期に焦点を当ててきたが,今後は両大戦間期,そして第二次世界大戦以降の優生思想の変容と断種政策の促進について検討する。特に第一次世界大戦後,優生主義者は一般大衆に優生思想を広めるための宣伝・教育活動に力を注ぐようになり,実際文化人類学者や遺伝学者がその科学性に疑問を呈して優生学団体との関係を断ち切った後も,優生思想は大衆の文化や意識の中に浸透していった。断種政策については,遺伝学,神経学,精神医学などの発達によって,それまで断種政策の主体賞であった精神薄弱の遺伝性に疑問が呈され,環境要因も考慮されるようになったにもかかわらず,断種数は1930年代に増加する。第二次世界大戦時にはその数は減少して戦後再び増加するが,その主対象は黒人福祉受給女性へと変化する。そこで今後は,第一次世界大戦後に断種政策がいかなる理由でどのようにして促進されたのか,またそれが一般大衆にどのように認識されていたのかを明らかにする。その際,アメリカにおける福祉制度や人種問題だけでなく,他国との関係についても考察の対象とする。
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