脳内出血や頚椎損傷といった重傷患者に対しては,救急車で一刻も早く病院に搬送して,医師による専門的な治療を受けることが,救命および後遺症を軽減するための最善策である.しかし,搬送時間を短くしようとすると,患者に大きな加速度がかかりやすくなるため,血圧変動や背面圧迫が生じ,患者の容態が悪化する危険性が高まる.このように救急搬送には,迅速性と安全性のトレードオフ問題が潜在化している.本課題では,患者の病態や緊急性に応じて,許容される到着時間,血圧変動,背面圧迫が異なる点に着目し,血圧変動および背面荷重変動を再現する数理モデルを用いて搬送経路の最適化を図る.この経路最適化が,救急搬送に潜在化しているトレードオフ問題への対応策に繋がるか,その可能性を検討した.
最終年度は,カーナビによる経路探索の実現可能性を検討するために,搬送時間と血圧変動を評価項目として,ダイクストラ法を利用して探索を行った.ダイクストラ法は単目的関数に対する最適化アルゴリズムであることから,搬送時間と血圧変動を線形加重和の形で単目的関数に帰着させて,重み係数を変化させながら経路を探索した.その結果,H25年度に遺伝的アルゴリズムで導出した最適経路と同一経路が得られることを確認し,カーナビでの実現可能性が示せた.
広島市の道路情報に基づいて,搬送開始地点と搬送先病院の組合せを複数選定して経路を探索したところ,搬送時間の短縮を優先させる場合と,血圧変動の抑制を優先させる場合で,それぞれ異なる経路が導出されるケースが存在した.このことから,特に,道路網が発達している都市部においては,患者の病態に応じて経路の最適化が可能であることが示唆された.本課題では,背面圧迫を十分反映させた経路の導出までには至らなかったものの,搬送経路の最適化が,救急搬送のトレードオフ問題への対応策に成り得る可能性が示された.
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