本研究では、考案したシーケンシャルな記憶課題を用い、初頭性・新近性効果(記憶対象を連続して与えると、最初や最後の記憶対象の記憶成績が良好となる効果)をプローブとして課題実施中のα波律動を脳磁計で計測することにより、(1)短期記憶に関与する脳部位と動的処理過程の解析、(2)加齢の影響の検証、(3)記憶障害の鑑別法の検討を行った。当該年度はその最終年度(3年目)であり、2年目に引き続いて(2)加齢の影響の検証を継続するとともに(3)記憶障害の鑑別法を検討した。 初年度には記憶を構成する「記銘・保持・想起」の3段階のうち、記銘時のα波律動振幅が記憶成績と相関するように見えることを示した。2年目には、記銘の終盤のα波律動変調は記憶と直接関係なく、記銘の前半から中盤にかけてのα波律動の増大が記憶の指標となることが明らかになった。α波律動が増大する脳部位は後頭部の視覚野であり、α波律動の増大は、記憶に関係のない視覚入力の能動的抑制を反映することが示唆された。以上の結果は20歳代前半の若年被験者群で得られた結果である。 最終年度(3年目)は、2年目に引き続き60歳代の高齢者群で同様の計測と解析を行った。その結果、高齢者では記憶成績は若年者に比べて有意に低下するものの、初頭性・新近性効果は生じ、行動上の結果は従来の心理学の知見によく一致していた。しかし、α波律動の結果は若年者と全く異なり、記銘中のα増大が見られなかった。このことは、若年群と高齢者群では行動実験の結果は類似するものの、脳内処理過程は大きく異なることを示唆した。 以上の結果から、特に記銘中盤のα波律動振幅が記憶能力の指標となり、記憶障害の鑑別に有用であることが示唆された。今後は軽度認知症検査法の結果も援用し、記憶の処理過程の詳細を明らかにしていく計画である。
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