研究課題
基盤研究(C)
動脈硬化初期では単球の内皮下浸潤が重要であると考えられている。浸潤現象は、内皮細胞間隙の接着分子の種類や発現量などの主として“化学的”な観点から解釈されことが多い。しかし、実際の浸潤では両細胞の接触部における微細な膜の変形・伸展といった“物理的・機械的”な解釈が必須であり、機械刺激を感知し、適切な細胞反応を導く制御系の存在が想定される。我々は、既報の機械刺激感受性分子(メカノセンサー)のうち、Ca2+の流入経路としても機能するTRPV2に着目し、内皮細胞における役割を検討した。培養内皮細胞において、siRNAによりTRPV2発現をmRNAレベルで16%、蛋白レベルで34%までノックダウン(以下KD)することに成功した。TRPV2-KD細胞では細胞の動き(移動速度)が有意に阻害されていた。また、細胞層に形成した傷に対する遊走・回復が障害されており、動脈硬化等において形成され得る内皮層の傷に対する回復障害が示唆された。画像解析の結果、細胞形状はより円形に近くなっており、葉状・糸状仮足等の形成阻害が考えられた。基質との接着部ではtalin, vinculinがより強く染色されることから、適切に仮足を伸ばせず、必死に基質に接着していることが示唆された。以上より、TRPV2は内皮細胞が仮足を形成して動く、という生存に必須の応答に必要である可能性が考えられた。また、細胞外Ca2+をキレートすると類似の表現型を示すことから、TRPV2を介して流入するCa2+が重要であると考えられた。現在、本現象の分子機序を明らかにする為、TRPV2及びCa2+の作用対象として細胞骨格系、細胞-基質接着系、及び細胞周期系に着目して解析を進めており、次の段階として単球浸潤との関連を検討していく予定である。
2: おおむね順調に進展している
第一段階として培養血管内皮細胞におけるTRPV2のノックダウン系の確立を行い、十分なノックダウン効率を実現することができた(mRNAレベルで16%、蛋白レベルで34%)。この実験系を基本として、1) 細胞の動き(遊走速度)、2) 細胞の形状(仮足形成能)、及び3) 傷(スクラッチ)に対する遊走・修復能を検証し、TRPV2ノックダウン細胞では、ベースとしての細胞の動きが抑制され、形状は円形に近くなり(仮足形成能の傷害を示唆)、その結果として、傷(スクラッチ)というストレスに対する修復能が阻害されていることを明らかにすることができた。また、ノックダウン細胞の動きが抑制される機序の一つとして、細胞-基質間接着部(focal contact)に存在するtalin、及びvinculinが強く発現しており、focal contactでの接着が強まったことにより機動性が弱まっていることが示唆された。更に、Ca2+のキレート実験により、これらの反応にTRPV2を介したCa2+の流入が重要である可能性が考えられた。以上の結果は、“TRPV2は細胞が動く為に必要な生存必須因子である”という本研究課題の仮説を証明する為の基礎的なデータとなるものであり、一部では本年度の研究計画に対して遅れている部分もあるが、全体としてはおおむね順調に研究が進展していると考えている。
上記のように、現時点ではおおむね順調に研究が進展しているので、今後も当初の計画に沿って研究を進めていく予定である。具体的には、TRPV2及び流入したCa2+の作用対象として、a)細胞骨格系(アクチン細胞骨格、及びその関連分子)、b)細胞‐基質接着系(インテグリン、タリン等の焦点接着を制御する分子)、及びc)細胞周期・アポトーシス系の3つに焦点を当て、TRPV2活性の増減がこれらの関連分子の発現量(タンパク及びmRNAレベル)、細胞内局在、活性化(リン酸化等)、及び細胞外からのCa2+流入に及ぼす影響を解析する。なお、TRPV2過剰発現ベクターの構築は既に終えており、ライブイメージングを含めて随時実験を進めている。更に、動脈硬化という病態を踏まえ、今後は内皮細胞のTRPV2活性の増減が単球の内皮への接着・浸潤に及ぼす影響を解析し、動脈硬化病態における本分子の役割について詳細な検討を進める予定である。最後に、挑戦的課題として、原子間力顕微鏡(AFM)とCa2+イメージングを組み合わせた「単一細胞での機械刺激-TRPV2活性化-Ca2+流入の同時直接観察」系の構築を当初の予定通り行い、機械刺激によるTRPV2の活性化とCa2+流入を単一細胞レベルで同時且つ直接的に観察することを目指す。
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Circ J.
巻: 77 ページ: 741-748
10.1253/circj.CJ-12-0779
http://www.kawasaki-m.ac.jp/med/study/info.php?id=202