研究課題/領域番号 |
25350663
|
研究機関 | 弘前大学 |
研究代表者 |
佐川 貢一 弘前大学, 理工学研究科, 教授 (30272016)
|
研究分担者 |
本井 幸介 静岡理工科大学, 理工学部, 講師 (80422640)
|
研究期間 (年度) |
2013-04-01 – 2017-03-31
|
キーワード | 二重課題 / 歩行パラメータ / 転倒 / 予測 / 動作計測 / 慣性センサ / 想起問題 |
研究実績の概要 |
本研究の全体構想は,高齢者が物理的な障害物がないところで転倒するメカニズムを解明し,将来的な転倒の発生率を予測することにより,転倒防止策の提案と安全安心な生活環境の構築に資することである。本研究では特に,健常高齢者を対象に,歩行中の考え事による注意力減少後,歩行中の重心位置や一歩ごとの歩行パラメータ(歩行速度,爪先高さ,直進性など)の時間変化を詳細に調査し,転倒の危険性が高くなる過程を解明する。そして,注意力低下による転倒の危険性を回避する方法を提案することを目指す。平成27年度では,平成26年度に引き続き地域の健常高齢者を対象に,歩行中に都道府県名などを回答してもらう二重課題歩行実験を行い,課題の難易度と,つま先装着型センサから求める歩行パラメータ(重複歩距離,歩行率,つま先角度,つま先高さ)との関係を調査した。また,慣性センサと同期して測定開始および終了の無線制御が可能な音声記録装置と,慣性センサおよび音声記録センサの操作や実験情報を記録する専用ソフトウェアを開発し,一人のオペレータで二重課題歩行実験の実施が可能なシステムを開発した。これにより,これまでの研究期間で最も多くの被験者を対象とした二重課題歩行実験を行うことができた。また,4年間で蓄積した70名の二重課題歩行実験の結果より,課題の回答率の低下の度合いに対する歩行パラメータの低下の度合いを表す歩行注意係数は,転倒経験の有無を判別可能であることを確認した。 一方,健常人を対象として二重課題歩行実験を実施し,回答中の歩行パラメータの時間変化をモデル化した。モデルの次数を低減化してモデルのステップ応答を求めた結果,推定した歩行パラメータの変化の時定数はほぼ一定の値になることを確認した。今後,健常高齢者を対象とした実験の結果について同様の評価を行い,転倒経験との関連性を調査する。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究では,二重課題が歩行動作全体に与える影響を利用して,転倒経験の識別や将来の転倒の可能性を評価する方法を提案する。研究計画では,つま先装着型センサから求める歩行パラメータに加え,二重課題が下肢や体幹の動きに与える影響を調査するための多点動作計測センサシステムの開発を行い,10個の身体装着型センサの測定データを無線LANで送信し,リアルタイムで身体動作を描画する計測システムを開発した。しかし,地域の高齢者を対象とした健康増進プログラムで多数のセンサシステムを使用するのは容易ではない。そこで,これまでの研究成果より,地域のイベントでの歩行動作解析には爪先装着型センサだけでも十分であると判断し,今後は爪先装着型慣性センサと音声記録装置より得られる二重課題歩行実験の結果を詳細に検討することとした。 これまで4年間で行った,健常高齢者を対象とした二重課題歩行実験の結果を利用して,課題適用直後からの歩行パラメータの変化をARXモデルで近似し,転倒経験の有無とモデルの特性との関係を調査したが,歩行パラメータの変化が少ない被験者の場合,モデル化が容易でないことを確認した。そこで平成27年度では,ARXモデルによる歩行特性のモデル化の可能性を詳細に検討するため,健常若年者を対象として難易度の高い二重課題歩行計測実験を実施し,モデルのステップ応答から歩行特性を定量的に評価することを試みた。複数名の被験者を対象とした実験の結果,ステップ応答から求めた時定数はほぼ一定値となり,課題適用直後からの歩行パラメータの変化の様子を一つの評価指標で表す方法を考案した。今後は,健常高齢者を対象とした実験の結果を提案法に適用し,転倒経験の有無によって時定数にどのような影響があるのか検討する。これらのことは,当初の研究計画でも予想していたことであり,研究の進捗状況はおおむね順調に伸展していると判断する。
|
今後の研究の推進方策 |
平成28年度では,平成27年度までに開発した二重課題歩行実験システム(慣性センサ,音声記録装置,各種センサ制御・実験記録用アプリケーション)を使用して,地域の健康増進プログラムに参加する健常高齢者の二重課題歩行時の動作計測を行い,多人数の被験者の実験データを取得する。そして,歩行注意係数による転倒経験判別指標の妥当性を検証して,国内外の会議や論文などで結果を公表する。また,平成27年度に行った健常若年者の二重課題歩行特性のモデル化の技術を利用し,これまで蓄積してきた70名以上の健常高齢者の二重課題歩行実験の結果に適用して,課題実施直後からの重複歩距離,爪先角度,つま先高さなどの歩行パラメータの時間変化をARXモデルで定式化する。そして,モデルの時定数など,歩行パラメータの時間変化の特徴を表す評価指標を利用し,健常若年者との比較や,転倒経験の有無との関係を調査して,ARXモデルを利用した転倒経験判別の妥当性を評価する。 さらに,本研究の研究期間内に転倒を経験した被験者を抽出し,転倒経験のない被験者と転倒を経験した被験者との違いを見いだす。ここでは,これまでの研究により得られた,転倒経験を表す評価指標(歩行注意係数,モデルの時定数など)や,各種歩行パラメータに着目し,これら評価指標の転倒に至までの経年変化を調査する。そして,転倒の予測に利用可能と思われる評価指標を見いだし,その妥当性を評価する。そして,転倒予測に利用可能なパラメータを改善する方法を検討する。最後に,医学系の研究者らが実施している運動器機能向上プログラム(弘前大学「てんとう虫体操」)などに提案した転倒予防法を組み込み,健常高齢者の転倒発生の頻度をアンケート調査して,本研究で提案する転倒予防法の妥当性を検証する。
|