平成29年度では、2012年から2017年までの6年間実施してきた、健常高齢者を対象とした二重課題歩行実験による転倒経験と歩行パラメータとの関連性について、統計処理を行った。被験者延べ100名(男性10名、女性90名、平均年齢74.64±6.21歳)を対象として、難易度の異なる二重課題実施時の歩幅の変化を測定して、本研究で提案した歩行注意係数を導出し、過去1年間の転倒経験の有無と比較した。その結果、転倒未経験者の歩行注意係数は、転倒経験者の歩行注意係数よりも優位に大きい値となり、さらに転倒未経験者の歩行注意係数は有意に1以上の値となった。これまで、実験を行った年ごとに歩行注意係数を導出し、同様の結果が得られていたが、これまでに実施した複数年にわたる実験結果を利用しても同様の結果が得られたことから、歩行注意係数は転倒経験の有無を判別するために有効な指標であることが確認された。 また、二重課題解答直後からの歩行パラメータの変化の様子を数式化して転倒の危険性の時間変化を予測することを目的として、入力を課題の有無(0または1)、出力を重複歩距離とするARXモデルの構築を試みた。健常若年者(8名、平均年齢22.25±1.16歳)及び健常高齢者(22名、平均年齢74.90±6.22歳)を対象とした二重課題歩行実験を行い、ARXモデルを同定した結果、推定したARXのステップ応答は解答開始後2秒程度で重複歩距離が極小値となることが確認された。さらに、若年者の方が最小値に至るまでの時間が長いことが確認されたが、高齢者との有意差は見られなかった。このことから、歩行中に考え事を開始した場合、2から3秒後に最も歩行への影響が強く現れ、転倒の危険性が増加する可能性が示唆された。 今後は、健常高齢者を対象とした実験の結果を利用し、転倒経験の有無とモデルの応答との関係をより詳しく調査し、転倒を予測する方法及び転倒を予防する方法について検討する必要がある。
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