本研究は、武道を日本人の美意識や社会的態度が表出された運動文化と捉え、柔道の動きや戦術の基盤となる戦術的思考をもとに、我が国の伝統的な動きを学ぶ柔道授業の再構成を試みた。 はじめに、「柔よく剛を制す」動きや戦術を生む「柔の理」という術理について考察し、これを「充実した力同士の衝突を避けることを旨として臨機応変自在な変化をする」ことと定義した。その上で、この特徴的な戦術的思考を柔道授業の中核に位置づけるための学習構造を明らかにし、実際に指導プログラム作成する際に踏まえるべき要点を提示した。 次に、実際の授業において「柔の理」が評価可能な学習内容となり得るかを検証するために、その定着状況を把握する尺度の作成を試みた。作成に当たっては、デルファイ法を用いて3つの仮説的構成概念とそれを測定するための28の質問項目を作成したうえで、「柔の理」を継承していると想定される古流柔術修行者及び柔道競技者を対象に調査を実施した。その後、得られたデータに対し探索的因子分析を行った結果、力のベクトルを衝突させないような戦いをするための身体操作を表わす「気息を外す動き」と、場の気配を読みながら常に臨機応変に相手の意図の裏や逆を選択するような状況判断を表わす「陰陽の使い分け」という2因子20項目からなる「柔の基本原理定着尺度」が完成した。 これにより、これまで感覚的で情緒的な把握に委ねられてきた「柔能く剛を制す」動きや戦術が、明確な形や文脈を持ち、実際に測定評価可能な体育の学習内容として提示可能であることが明らかとなった。しかし一方で、妥当性の検証を通して、柔道競技者の「柔の理」の定着状況が予想以上に低いことが判明した。これは、いわゆる柔道のスポーツ化が術理のうえで進行している可能性を示しており、競技化された柔道をそのまま指導しても我が国の伝統的な動きや戦術は習得できない可能性があることが示唆された。
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