研究課題/領域番号 |
25350784
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研究機関 | 東洋大学 |
研究代表者 |
谷釜 尋徳 東洋大学, 法学部, 准教授 (40527933)
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研究期間 (年度) |
2013-04-01 – 2016-03-31
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キーワード | スポーツ史 / 旅 / 近世 / 東北地方 / 庶民 / 歩行 |
研究実績の概要 |
本研究は、近世後期における東北地方からの旅に着目し、当該地域の庶民男女が旅の道中で歩いた距離の傾向を明らかにしようとするものである。平成26年度は、主に以下のⅠ・Ⅱの研究を実施した。
Ⅰ.前年度に引き続き、近世に東北地方から伊勢に旅した庶民男性の旅日記を収集し、その分析を通して以下の結果を得た。 ①近世の東北地方の庶民が歩いた伊勢参宮のルートは、大きく3つに類型化できるものであった。②彼らの1日あたりの歩行距離は平均すると約34.8㎞であったが、少ない日には一桁~10㎞台になることもあった。一方、多い日には歩行距離が60~70㎞台に達することもあったが、無理のない歩行の上限はおよそ50㎞程度であった。③彼らの歩行距離には明確な年次的推移は見出されなかった。④彼らは、歩くルートや日数の経過に関わらず、道中の全行程を通して概ね一定のペースを保って歩き通していた。⑤旅の同行者数や年齢構成によって歩行距離が変化することはなかった。⑥近世の日本列島の気温は現代よりも2~5℃程度低く、彼らが歩いた道中は現代人の感覚からすると比較的寒いものであった。⑦天候の善し悪しが道中の歩行距離に大きな影響を及ぼすことはなかったが、雨天時には長距離を歩きにくく、晴天時は距離を延ばしやすかった。⑧旅人が道中で歩いたとされる「昼」の時間帯の長さは、年間のうち最長で夏至の15時間47分、最短で冬至の10時間57分であり、平均すると13時間21分であった。
Ⅱ.資料収集の過程で、佐賀県唐津市に現存する諏訪神社の宮司が、嘉永3(1850)年に伊勢参宮をした際の旅日記(古文書)を発掘した。そこで、東北地方からの伊勢参宮を相対化すべく、この古文書の翻刻・内容分析を実施した。その結果、九州地方からの伊勢参宮は旅の全行程において航路に依存する割合が多く、陸路の歩行をメインとする東北地方からの伊勢参宮との相違点が見られた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初掲げた研究目的は、大きく下記の2点を解明することであった。
①近世後期における東北地方の庶民男性による伊勢参宮の旅の歩行距離の傾向を明確にする。 ②近世後期における東北地方の庶民女性による伊勢参宮の旅の歩行距離の傾向を明確にする。
このうち、①については史料の収集・分析を通して詳細を明らかにすることができた。また、②についても史料の収集は進行しているため、最終年度において史料の分析および研究成果の公表が可能である。以上より、本研究は「おおむね順調に進展している。」と判断するものである。
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今後の研究の推進方策 |
最終年度である平成27年度は、主に以下の課題を達成すべく研究を推進する計画である。
・近世後期における東北地方の庶民女性による伊勢参宮の旅の歩行距離の傾向を明確にする。
このことについては、すでに基本史料となる旅日記の収集が進行しているため、その分析を行い、可能であれば庶民男性の歩行距離の傾向と比較することで、双方の特徴を浮き彫りにすることも試みたい。
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