本研究は、近世後期における東北地方からの伊勢参宮の旅に着目し、当該地域の庶民男女が旅の道中で歩いた距離の傾向を明らかにしようとするものであった。基本史料として用いたのは、庶民が伊勢参宮の旅の道中で認めた記録(旅日記)である。 1.東北地方の庶民が歩いた伊勢参宮ルートは、「近畿周回型」「四国延長型」「富士登山セット型」の3つに類型化された。男女ともに、このいずれかのルートを選んで旅をする傾向にあった。 2.庶民の1日平均の歩行距離は、全体(男女)でみれば約34.1㎞であった。これを男女で区別すると、男性が約34.1㎞、女性が約28.6㎞となり、そこには明確な男女差が確認された。庶民男性の1日あたりの歩行距離の割合は、少ない日には一桁~10㎞台、多い日には60~70㎞台に達することもあったが、概ね30~40㎞台に集中していた。一方、庶民女性の日毎の歩行距離は大半が10~30㎞台に分布していて、60㎞以上の距離を歩いた形跡はみられなかった。この点からも、1日の歩行距離は男性の方が女性よりも相対的に長かったことがわかった。 3.1日あたりの最長歩行距離は男性が約75.0㎞、女性が約59.7㎞であった。しかし、男性にしても1日に60㎞以上もの距離を歩くことは極めて稀なケースで、庶民男女にとっての無理のない1日の歩行距離の上限は、50㎞程度のところに求められた。 4.日数の経過と歩行距離との関係性を検討したところ、男女ともに時系列で歩行距離が明確に変動した傾向は見られなかった。東北地方の庶民男女は、在地を出立してから帰着するまでの間、概ね一定のペースを保って歩き続けたことがわかる。 研究期間全体において、上記の諸点が明らかとなったが、今後は東北地方以外の庶民が旅の道中で歩いた距離の傾向を探ることを課題としたい。
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