朝鮮伝統武芸の基本的文献として『武藝圖譜通志』(1790年刊)、『武藝諸譜飜譯續集』(1610年刊)、『武藝諸譜』(1598年刊)があるが、それらの中に刀剣に関する技法が掲載され、日本剣術との関連が確認されている。その中でも『武藝圖譜通志』や『武藝諸譜飜譯續集』に登場する「倭劒譜」という刀剣技法は、日本の剣術技法が伝播受容された具体的事例として注目に値する。特に用語としての「倭劒」は、最初の朝鮮武芸書と位置付けられる『武藝諸譜』の中には見られず、後に刊行された書籍に登場してくる。また、朝鮮武芸書以外の文献中に「倭劒」の用語の散在が確認されている。本研究においては、朝鮮李朝期文献に散在する名辞「倭劒」とその周辺事項を解釈し、朝鮮社会における「倭劒」の意義を探求するとともに、伝播した日本剣術が異郷の地で何をもたらしたのかについて明らかにすることを目的としている。歴史的事象の解釈は、現在事象の理解の一助となることから本研究は、単なる歴史学の研究にとどまらず、現代剣道の海外伝播状況の理解につながるものであり、身体教育・スポーツ科学分野における学術的な意味は少なくない。研究成果としては、朝鮮武芸書の用語「倭劒」の来歴の一端を考察発表した。また、「倭劒」をめぐる日本から中国・朝鮮半島への日本剣術伝播の動態の一端を講演や発表を通して海外に公表した。加えて、雑誌「武道」で、伝播した日本剣術が文化変容する様相の一端を論じた。さらに、日朝間の交流が盛んであった古代期日本の武技について、『古事記』の用語分析を通して明らかにし、日本から朝鮮半島への武技伝播に関わる分析の足掛かりを作った。最終年度には、韓国文集叢刊ににみられる用語「倭劒」の考察を通して、朝鮮社会において「倭劒」文化がもたらした影響について、考察の方向性を見据えることができた。以上が、本研究の期間内における成果である。
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