最終年度にあたり、設定した二つの課題 ①「「伝統」解釈の再検討」 ②「展示の場・受容の文脈の検証」にかかわって、リニューアルオープンした北海道博物館、未調査であった道南地方(登別、伊達、八雲、函館)、また比較のため伝統的な手仕事の継承活動と展示の場を対象に首都圏、東北地方を中心とするフィールドワークを実施した。 6月と10月に2回の全体研究会を開催し、深めた討議・考察に基づいて計画を立て、3月21日に研究成果を検証するための公開ミニ・シンポジウム「いま、あらためて考えるアイヌ・アート― 地域・民族・伝統・想いの表象とその未来―」を開催した。そこでは本科研に参加するメンバー6名が、アイヌ・アートの制作と展示/販売、ワークショップなどの現況について、異なる立場から討議を重ねつつ調査・考察を進めた成果の報告をおこなった。現在におけるアイヌ・アートの「活況」の傍らで、たとえば後継者不足や担い手のジェンダーの偏り、材料確保や商品の質・流通管理の問題、展示の場の固定化、批評の不足など、乗り越えるべき多くの課題が存在することが浮き彫りになった。コメンテーターには、二風谷在住で木彫家の貝澤徹氏、国立民族学博物館・教授の吉田憲司氏を招いた。貝澤氏は、アイヌの造形の「伝統」をどのように考えるのか、自身の経験に即し、木彫の主題や表現の変化とアイヌ民族としての自意識の生成との関わりについて、想いを語られた。また世界の少数民族の表現と展示の場に精通する吉田氏は、アイヌの人々による造形表現を、民族の「伝統」や「固有性」に還元して展示・享受する文脈が、アートの可能性を狭め発展を阻害する可能性について、鋭く指摘された。 シンポジウムにおける報告の一部は、池田、山崎が論文にまとめ刊行したが、プロジェクト全体の成果は、コメトや討議の成果を含め共著の本として2016年9月までに編集を終え、出版する計画である。
|