本研究の目的は、近世社会の人々は性と生殖という制御しがたい身体の内なる自然とどう向き合ったのか、その具体相を、武士、農民といった身分や階層による違いや、そこでの男と女の関係、胎児、赤子のいのちをめぐる観念、さらに避妊も含めた性と生殖をコントロールの方法や民間医療などの生活文化も含めて探ることにあった。それは近世の夫婦、家族には、家族の未来のために性と生殖をコントロールすることでいのちを繋ぐ「家族計画」という意識はあったのか、近代の「近代家族」への展開も視野に入れ、近世社会の性と生殖、いのちをめぐる問題に接近する試みでもあった。 その結果、近世後期に流布する民間療法には自然と人間の一体化を図り身体を回復させることで、内なる自然に起きた困難を取り除こうとする試みがみられることや、近世の人々が残した日記には性と生殖をコントロールする避妊をはじめとする試みがみられることが明らかとなった。さらに、武士と農民では出生コントロールの方法に違いがみられ、農民の場合には、出生間隔をあけることで母体の回復をはかるスペーシングという方法がとられていたのに対し、武士の場合は、「家」の後継者確保が重要な課題であり、そのために出産をくりかえす、あるいは「家」の後継者や目標の子ども数を確保した後の余分な子どもを残さないストッピングという方法がとられていたという、身分、階層による出生コントロールの方法の違いもみえてきた。 本研究では、このように、農民と武士では、その出生コントロールの方法は異なるものの、近世には、生きる場である「家」の維持・存続を意識した出生コントロールという「家族計画」の萌芽がみられることが明らかになった。
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