本研究の目的は,人体の中枢器官をめぐる論争史をとおしてみた西洋古典古代の人間観の展開を,古典ギリシア語・ラテン語の原典資料等の内容分析をとおして文献学的に実証しようというものであった.おもに,ヒッポクラテス(c.460-375 BC)の時代にあたる紀元前5世紀からヘレニズム期にいたる論争史の文脈において,人体の中枢器官の位置,構造および機能の解明という重要なテーマをめぐって,医学と同時代の哲学がはたした役割を明確化することによって,両者の影響関係の内実を明らかにすることが,本研究の主眼であった. 本研究は,当初の計画では,平成25年度から平成27年度にいたる3年間を予定していたが,諸般の事情により当初の研究計画もとづく期間を1年間延長するにいたった。以上のような状況の中,平成28年度においては,考察の視点を古典期ギリシアからヘレニズム期へと移行させることによって,ヘレニズム期の医学者たちと同時代の哲学者たちが古典期からの論争に対して,どのように参画していったかという点に焦点をあてて考察をすすめた。 とくに,ヘレニズム期の哲学思想に対して大きな影響を与えたとされる医学者プラクサゴラスとかれの医学理論・方法論をめぐって,先行研究史を批判的に概観しつつ,心臓中心主義に立つこの医学者がヒッポクラテスの脳中心主義の伝統に対して,どのようなスタンスをとっているかという点に着目した英文の論考を,本研究の主要な成果としてまとえあげることができた。この論考は,日本科学史学会の欧文雑誌 Historia Scientiarum に発表される予定である。 本研究におけるもう一つの主要な研究成果としては,ストア派の心臓中心主義に立った「魂」論に関する新知見を提示することができたということである.この考察は,英文の論考として,日本西洋古典学会の欧文雑誌 JASCA に掲載される予定である。
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