本研究では、現実と虚構の区別も視野に入れながら、知覚の選言説と知覚の表象説を比較検討し、素朴実在論のような「知覚についてのわれわれの日常的な考え」と矛盾しない形で知覚の誤り(特に幻覚)を理解する(「幻覚からの議論」に答える)ためには、知覚についてどのような説明を与えることが適切なのかを考えることを目的としている。 そのために、平成25年度は、素朴実在論擁護に関連する知覚の選言説論者の考えの整理と検討を中心的に行い、なかでも、否定的認識的性質によって幻覚的経験を説明し、真正な知覚的経験(現実)と幻覚的経験(虚構)を区別しようとする立場を批判的に検討した。 平成26年度は、平成25年度に行った研究に新たな視点も取り入れながら研究を進める一方で、表象説内部での考え方の違いにも注目し、素朴実在論擁護という目的と密接に関係している表象説はどのようなものかについて検討した。また、認知心理学や脳神経科学において、知覚や知覚の誤りについてどのように説明されているのかの概略を整理した。 平成27年度は、認知心理学や脳神経科学における知見から生じるように思える「幻覚からの議論」に対し、選言説や表象説はどのように考えることができるかについて検討した。そして、脳内の神経活動と表象説は親和性が高いが、選言説も脳内の神経活動と知覚的経験の関係を認めることができると結論付けた。 さまざまな装置の出現により知覚経験において今まで以上に現実と虚構の区別が難しくなっている現代において、日常からかけ離れた知覚理論をつくるのではなく、われわれの日常的な知覚についての考えを維持する方向で、また、認知心理学や脳神経科学における新たな知見と矛盾しない形で、真正な知覚的経験や幻覚的経験を説明するためにはどのような知覚理論が適切かを検討しているところに、本研究の意義と重要性がある。
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