研究課題/領域番号 |
25370010
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研究種目 |
基盤研究(C)
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研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
稲原 美苗 大阪大学, 文学研究科, 助教 (00645997)
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研究期間 (年度) |
2013-04-01 – 2016-03-31
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キーワード | 障害の哲学 / 当事者研究 / 現象学 / フェミニズム / 身体論 / 国際情報交換 |
研究概要 |
平成25年度は「疾病と障害の哲学」の調査・研究を進めた。その研究・調査は、(1)主要文献と応答論文のサーヴェイ調査による理論的考察の展開、(2)その理論的な背景を応用し、専門知と障害当事者の経験知を繋げた新しい臨床知の探究の二段階で進められた。 (1) H. カレル、J. コール、D. バイローなどの疾病・障害の人文科学(主に現象学)の論者における疾病と障害の議論と、G. ワイスやL. F. シェルらの加齢・認知症に関するフェミニスト現象学 の研究に取り組んだ。彼らによる「身体の変容」への注目は、正常や健康(健常)の理念に一面的に依拠した医療や社会福祉の問題点を指摘している。障害当事者がその「生きづらさ」経験を語ろうとするとき、表現できない場合が多い。「生きづらさ」とは簡単に記述できるものではなく、複雑すぎて当事者自身も理解できない。 (2)そこで、歯科医療者との対話を試み、私自身がもっている脳性麻痺当事者の「生きづらさ」を専門家と共に探し始めた。さらに、東京都八王子市にある平川病院(精神科病院)の造形教室を訪問し、「生きづらさ」を造形作品にし、表現する過程の一部分を見学してきた。当事者の「生ききづらさ」の外在化は自らの経験を捉え直すのに必要だということが分かった。つまり、障害当事者の「生きづらさ」は多角的に捉え直す必要があるということが明確になった。 平成25年の本研究は、疾病と障害の哲学、フェミニスト現象学、歯科医療、精神科医療、カルチュラル・スタディーズといった多様な研究領域を当事者性の考え方を中心にまとめたが、このような成果は従来の研究には見られなかったものである。本研究の意義と重要性は、疾病や障害についての学際的研究を展開したこと、そして、そのような展開に基づいて新しい視点を得たことにある。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
研究計画通り、主要文献と応答論文のサーヴェイ調査による理論的考察の展開、その理論的な背景を応用し、専門知と障害当事者の経験知を繋げた新しい臨床知の探究の二点に渡り、「疾病と障害の哲学」の調査・研究を進めた。平成26年度以降の研究内容である「当事者研究」や「哲学カウンセリング」に関する研究にも部分的に取り組むことができた。「疾病と障害の哲学」の枠組みを明確にするという研究目的を達成するにあたり、まずその理論的考察はおおむね順調に進展できたものと考えている。 当事者の経験知と医療者の専門知が繋がることの重要性を概観したことによって、本研究の見通しが立てられたものと考えている。その成果は平成25年度の研究発表や公刊された論文に見られる。例えば、平成25年8月にアテネで開催された第23回世界哲学会議のラウンドテーブルセッション“feminist phenomenology and vulnerability”を企画し、イギリス、スウェーデン、フィンランド、日本から研究者を集めて、学術交流の場を作り、「障害の哲学」をフェミニスト現象学的に捉え直そうとする身体観について発表した。また、平成26年2月にオーストラリアのニューイングランド大学保健学科主催の研究会で「当事者研究」について発表した。論文についても、「アブジェクシオンと障害―「受容」と「拒絶」の狭間」、そして、英文のもの3本公刊された。 なお、平成25年度にスウェーデン・リンショーピング大学の認知症研究センターで行われる研究会に参加するはずだったが、L.F. シェル氏が大阪大学と立教大学で講演会をしたため、予定を変更し、オーストラリアの研究会に参加した。平成26年10月にリンショーピング大学で開催される「Life with Dementia: Relations」認知症研究の国際学会で研究発表を行うことが決定している。
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今後の研究の推進方策 |
平成26年度は、計画通り、「当事者研究」と「哲学カウンセリング」の相違点を見つけ出し、自助実践の特徴を探る作業に入る。申請時に計画していたことに加えたいことがある。近年、フィンランドで注目され始めている「オープン・ダイアログ」という精神障害をもつ当事者の新しい支援方法について情報収集を行い、そして、「当事者研究」、「哲学カウンセリング」、「オープン・ダイアログ」の相違点を探る。その際に、文献研究だけではなく、実際に当事者研究活動の現場(北海道浦河町の「べてるの家」)に訪問し、その中で「生きづらさ」を再考していく。さらに、その3つの支援方法に関係する文献研究を遂行する。 また、平成26年度は、このような研究を遂行するにあたり必要と考えられる社会学、心理学、社会福祉学、医学、歯学などの関連領域の研究も遂行する。平成26年6月に「関西障害者歯科臨床研究会」で講演し、7月には「第23回日本健康教育学会学術大会」で歯科医師の文元基宝氏と共同発表することが決まっている。前述したが、国外でも学会発表を行うことが決定している。ただし、これらの領域の研究会で発表にあたっては、当該領域を専門とする研究者と十分に情報交換をし、効率的に研究を遂行する予定である。また、現場調査や文献研究と並行して、身体障害者を主とする自助実践の諸事象及び資料の調査を行いたいと考えている。 「障害」と「自助」を並べて考える上で、「能力」「できること」という健常者中心に偏っている概念を再考する必要があり、それらを哲学的に考察し、その後、学際的に捉え直す必要がある。そのために研究会を開く予定である。
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次年度の研究費の使用計画 |
計画ではスウェーデンのリンショーピング大学認知症研究センターの研究会に参加するために出張をするはずだったが、次年度に国際学会が開催されると聞き、予定を変更した。平成25年度には、その代わりにオーストラリアのニューイングランド大学でのセミナーで発表し、ニューサウスウェールズ大学の障害学とジェンダー学の専門家であるヘレン・ミーコシャ準教授と会い、学術情報交換を行った。今後の研究協力を約束できた。 平成25年度に、構音障害をもつ申請者の研究発表の困難さを和らげるために、音声読み上げソフトを購入するつもりだったのだが、Windowsのオペレーション・システムがWindows7からWindows8に変わったことで、新しいパソコンに対応するソフトを見つけることができなかった。それらの事情が重なり、このような残額が生じてしまった。次年度に有効活用するようにしたい。 計画通り出張へ行き、発表したり、調査したり、学術交流と情報収集を行う。それに加えて、平成25年度に予定していたスウェーデンのリンショーピング大学認知症研究センターへの出張を平成26年度に行う。そして、前述した新しい音声読み上げソフトを購入したい。 計画時には想定できなかったが、研究の段階が進むにつれて、本研究に関係する研究会などを企画する必要性が出てきた。そのために研究者を数名招き、発表していただく予定である。旅費・謝金を出したいと考えている。
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