平成28年度の研究課題は「『共生の倫理学』の基礎構築・研究の総括」であったが、本研究は、研究遂行中に、当初の計画の不十分さに気づかされ、当初想定していなかった多様な人文社会科学の成果について検討する必要性がでてきたため、今年度、「共生の倫理学」の基礎構築や研究の総括という課題にまで達することができなかったことは大変に残念であった。 今年度、中心的に取り組んだのは、昨年度に引き続き、近代以降の国民国家形成やナショナリズム運動の政治的、社会学的な意味の考察と、ミシェル・アンリの生の現象学、および、木村敏の現象学的精神病理学における「共同性」、あるいは「集団主観性」に関する研究であった。 「共同性」や「集団主観性」に関する哲学的・病理学的研究から解明されたことは、個人の自己が、その根底にあって、あらゆる個人に通底している〈生〉に由来し、その意味で、自己がその成立そのものからしてすでに、諸個人に通底する「共同性」や「集団性」を担っているということである。しかし、この「共同性」や「集団性」は、個人の自己に先立つものであるかぎり、決して、個人の集合として成立しているわけではない。その意味で、それは個人の根底にある〈原共同性〉と呼べる。そして、本研究がまさに問題にするのは、原始からの共同体の歴史や、近代における国民国家形成のプロセス、そして、世界大戦後のグローバリゼーションの波のなかで、個人の意識とこの〈原共同性〉との関係がいかに変遷し、今に至っているかということである。 本研究は、途中からの研究の方向性の転換のため、上記のような問題に対して何らかの回答をあたえるまでには至らなかったが、このような形で課題を明確にできたことには大きな意義があったと考える。ここで明確化された研究課題は、本研究プロジェクトの終了後も、引き続き探究されることになる。
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