研究課題/領域番号 |
25370040
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研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
磯部 彰 東北大学, 東北アジア研究センター, 教授 (90143841)
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研究期間 (年度) |
2013-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | 『西遊記』 / 『閨範』 / 西大乗教 / 『銷釈孟姜忠烈貞節賢良宝巻』 / 呂氏 / 『天仙聖母源流泰山宝巻』 / 『香山宝巻』 / 女神系教派系宝巻 |
研究実績の概要 |
明代中期、河北省や山東省方面で教派を拡大した羅祖による民間宗教教団(羅教)は、五部六冊という五種の教義経典を根本にし、地域性の強い信仰を全面に打ち出した。羅教の影響は、その後の華北地方での民間宗教にも継承され、黄天道などの流派を生んだ。大乗教もその一つで、東大乗教と西大乗教は教祖が異なるものの、羅教の延長にある地域民間宗教教団であった。 西大乗教は、土木の変により正統帝から「御妹」の扱いを得た呂氏に始まるとされる、北京の皇姑寺(保明寺)にゆかりを持つ。教義を示す経典は、関帝宝巻、二郎宝巻という関帝や二郎神を賛美する教派宝巻、或は、泰山娘娘宝巻、十王宝巻という泰山に祀られる泰山娘娘と東嶽大帝を主神とする教派宝巻、孟姜女を主人公とする宝巻などがあるが、実際には仏教経典のような論理的思惟に乏しく、宋代以降の道教の教義性に乏しい経典に倣ったような内容を持つ。その根本的な特徴は、説法を記す経文を羅列する中に、新たな教義宝巻の刊行を促す、もしくは、当該経典の出版事業を賛美する点に見られる。平成27年度に行なった武神系及び女神系西大乗教宝巻の比較分析の結果、教祖とその説法、そして経典、建築物(廟宇)の三種が存在する点が大切で、教義そのものは、仏教や道教、その他の民間信仰で説かれる内容と重なるのではないかとの仮説を立てるに到った。西大乗教の神格、とりわけ重視される神格は、女性神の比重が大きく、泰山娘娘や観音菩薩を主神とする女神体系を取り入れている点に注目した。これは西大乗教の教祖が女性であったこと、その活動地域が北京の皇姑寺を拠点に華北にあり、泰山と黄河という信仰と人との移動に深く係わる場所が信仰体系に大きく影響し、地域性の強い民間宗教の実態を反映しているためではないか、との結論を得た。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度に重点的に分析する課題は、西大乗教の中心的経典である女性神系教派系宝巻であったが、泰山娘娘を扱う『霊応泰山娘娘宝巻』は、観音を扱う『銷釈白衣観音菩薩送嬰児下生宝巻』と対応し、教派経典特有の故事性が乏しいその功徳を説く教義宝巻であることがわかった。これに対し、泰山娘娘の神格化に到る故事色が強い『天仙聖母源流泰山宝巻』は、観音の誕生故事である『香山宝巻』と対応し、泰山娘娘を西大乗教で主神の一人に位置づける際、観音信仰を基礎としている点が推測された。また、孟姜女を主人公とする『銷釈孟姜忠烈貞節賢良宝巻』は、貞婦としての孟姜女、皇帝の賛美と侍女的な孟姜女像を設定し、神格化に到らなかった点が当該宝巻から判明した。これは、当時流布した『閨範』などの婦女の道徳を説いた出版物の影響、呂氏が得たという皇妹という現実的社会観が反映した結果であろうとの新たな見通しを定めることが出来た。 西大乗教や黄天道など初期の教団では、女性がその宗教的開祖、或は、その後継者となったが、明末清初に到ると男性による宗派分派や教義継承により、孟姜女を主人公とした宝巻は、むしろ民間文学の故事系宝巻に移行して、教義宝巻から脱却したなどとの成果を導き出し、当初の予測に沿う形での研究が進展している。 本研究で取り上げた明刊宝巻の内容や特色の比較研究は終了し、年次研究計画を着実に進める中で、新しい検討課題についての検証も進展している状況にあることから、当初の計画がおおむね順調に進展していると判断した。
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今後の研究の推進方策 |
平成28年度は最終年度に当たるため、主に西大乗教の教派系宝巻を重点的に取り扱う総論的な視点での取りまとめを中心に進めて行く。 まず、明朝嘉靖時代から清朝前期の武神・誕生神への王朝の関与について検討し、その政治性の分析を行なう。明代嘉靖年間は、北虜南倭と呼ばれるような外国勢力の侵攻と王朝内の権力闘争が激化した時代であった。『護国佑民伏魔宝巻』にはその南倭勢力に対抗する武神信仰が上下に拡まった。明末清初の官僚銭謙益も関帝信仰書の編集を行なっていることから、武神信仰の官民対応を分析する。 次に、明代教派系宝巻に摂取された民間信仰・故事の全体的特色と明清時代の文芸との関係をまとめる。明末、『三国志演義』や『西遊記』が流布し、関帝や二郎神、観音など西大乗教の経典に登場する神格を共有している。本年度は、これらの神格に的を当て、民間宗教の教義の作成について検討する。そして、関帝宝巻・二郎宝巻・泰山娘娘宝巻・孟姜女宝巻など、それぞれの特徴と構造的特色を図式化してまとめ、羅教教義の系譜化にある民間教団での位置づけを示す。その一方、羅祖の五部六冊以降、主に内容分析に眼が行きがちな教派系宝巻には、それぞれ版種の異なる宝巻が多く存在することに気付いたので、出版文化という視点を加えて、西大乗教の教義を伝える宝巻の分析を行なう予定である。これら教派系宝巻をめぐる研究結果にもとづき、研究報告書の作成を行なう。
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次年度使用額が生じた理由 |
韓国高麗大学校主催の近世東アジアの民間文学関係の国際学会が、当初、平成27年度に開催される予定であったが、主催者側の都合で中止となった。教派系宝巻と明末清初の故事をめぐる研究成果を発表することになっていたため、成果発表の研究費を計上していた。また、韓国での調査研究も計上していたが、その費用が残った。 以上とは別に、北京・天津での女神信仰についてフィールド調査を行なう予定であったが、現地で事故があったことからその近隣での調査を中止したため、計上していた旅費が留保されることになった。
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次年度使用額の使用計画 |
平成28年度、中国社会科学院文学研究所が四川省で国際学会を開催することになったので、その場にて研究成果を発表するとともに、四川は地獄信仰の本場であり、関帝及び二郎神ゆかりの地であるため、フィールド調査を行ない、関帝宝巻及び二郎宝巻との関係性を検証して、研究の充実を図る。そのための成果発表及び調査旅費として使用する。また、データ入力と整理が当初よりもやや多く必要となることから、謝金として使用する。
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