ヴァルター・ベンヤミンにおけるダイアグラム的表現をアビ・ヴァールブルクやジークフリート・クラカウアーにおける同種の表現と比較して検討することにより、徴候的知の表われとしての図像表現が共通して有する規則性や、その背景となっている文化的諸要素を検討するとともに、彼らが展開しているイメージをめぐる思想を「ダイアグラム的知」の理論へと再構成する作業を行ない、その成果を書物に収めるべく、論文にまとめている。 このような「ダイアグラム的知」の思想的整理のうえで課題として設定した、W・G・ゼーバルトの小説における写真の機能・効果については、2016年4月刊行の単著『過去に触れる──歴史経験・写真・サスペンス』において、一章をあてて詳細に検討している。この書物では、ベンヤミンの写真論のほか、ヴァールブルクとヨーハン・ホイジンガの比較を通して歴史家における「歴史経験」の問題などを取り上げ、歴史家や思想家、作家たちが過去の事象をどのように感覚的に経験し、最終的に言語テクストや視覚的媒体によって表現するにいたっているのか、つまり、どのような形式で他者に歴史経験を伝達しようとしていたのかという点を多面的に明らかにしており、徴候的知をめぐる本研究全体のひとつの成果と言えるものである。 「像行為」理論を提唱しているホルスト・ブレーデカンプらを日本に招聘した国際会議「思考手段と文化形象としてのイメージ」を2016年4月に開催すべく、本研究ではその準備を行なった。2016年3月刊行の雑誌『思想』「神経系人文学」特集号への企画協力や寄稿もその一環である。この会議は、認知科学の知見などをもとにした、学術知の創出・認識過程解明に関する討議を内容としており、その準備作業を通じ、いままでの思想史的考察を、ダイアグラムの作用に関わる、より経験科学的な方法による分析と結びつける端緒も得ることができた。
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