丸山真男と戦後民主主義の研究は、1945年からの戦後日本だけを対象としたのではわからないことがあると感じられたので、近代日本の約150年の歴史のなかで考え直すことにした。 1865年に日本で翻刻された『万国公法』が、「民の主」ではなく「民が主」という意味での「民主」の初出文献だったことは、近年次第に広く認識されてきた。本年度前半は、人民が「公議」して首領や議員を「選挙」することを主に意味した「民主」は、当初から「君主」と対置されたこともあって、近代日本において主張しにくい思想だったこと、1899年の木下尚江の「民主主義」の主張よりも早い主張の例が見当らないこと、1920年代に吉野作造らが『万国公法』の意義を強調したことなどを研究した。日本の民主主義の思想史の最初の頁を解明したことによって、戦後日本で丸山真男らが人民主権の思想を選んだことが「転向」と回顧されるほど大きな転換だったことの意味も明らかにできた。 本年度後半は、丸山真男と戦後民主主義の研究成果を集成して発表するために、著書の執筆に集中した。年度途中の2015年6月に東京女子大学丸山眞男文庫がWeb上で画像を公開した草稿類デジタルアーカイブは実に厖大なものであり、とくに戦争直後の数年間の資料が語りかけてくるものは多く、かなづかいなどから執筆時期を推定できれば研究が大きく進むように思われたので、つい迷路に入り込んだ。それでも科研費の研究成果公開促進費(学術図書)を申請し、完成原稿の完成度をさらに高めるように専念努めてきたが、審査のさい「十分に市販性があるものと思われる」との所見があったそうで、その所見を4月1日付で知らされて、研究成果の集成的発表は頓挫した。しかし近いうちに研究成果を世に問いたい。
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