研究課題/領域番号 |
25370095
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研究機関 | 立教大学 |
研究代表者 |
林 みどり 立教大学, 文学部, 教授 (70318658)
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研究期間 (年度) |
2013-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | 人権 / 記憶 / ミュージアム / ツーリズム / 社会思想史 / ラテンアメリカ |
研究実績の概要 |
ブエノスアイレスにおけるミュージアム(文化保存の対象とされ一般公開されている「トラウマ現場」trauma site等を含む)の「商品」化の過程とその現状を中心に調査を行った。特に1995年に起こった「ユダヤ人互助組織」AMIAに対する爆破テロに関する調査において、これまで関係者以外接近不可能であったAMIA本部での調査過程で、国際的な「ホロコースト言説」の「商品」化過程の一部として、アルゼンチンが重要な位置を占めていることが明らかになった。南米の各国内に限定的に論じられてきた「テロリズムの記憶の継承」の政治文化を考える際、こうした国際的な記憶の「商品」化にまで目配りする必要性があることがわかった。 「記憶博物館」の分析においても、これまで錯綜していて必ずしもはっきりと明示されてこなかった歴史言説が、少しずつ形をとりつつあることが判明した。その消費のされかたについても、現地の学校教育の課外学習の場として特権的な地位を占めてきている。これまでは極右勢力からの妨害を恐れて厳重な警備と制限が設けられていたが、今ではほぼすべての制限は撤廃され、通常のミュージアム同様自由に出入りすることができるようになっており、ここにもまた負の記憶の「商品」化と社会における認知度の高まりを見て取ることができた。 分析を進めるにつれて、政治の現場や人権運動の中で用いられている「人権」概念そのものを見直す必要があることが判明した。人権団体と密接な政治的・社会的関係を取り結んできた現政権が、政治のツールとして「人権」を用いている点は重要である。現政権がかかわったと目される検察官暗殺(AMIA爆破テロの首謀者と現政権の関係についての重要証拠を握っていたとされる)との関わりも含め、いまだ政治的に混迷を深めつつある現状にあるので、今後のフィールド調査や研究においては慎重にその手法を精査し進めなければなければならない。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
26年度の現地調査において、これまで固く門を閉ざしてきたAMIAの本部調査が可能になったことによって、国際的な記憶の流通・消費ネットワークが存在することが明らかになった。これにより、これまで国民国家の境界線内で区切られた記憶の継承(あるいは相互の比較)のみに限定されてきた当該研究に、より豊かな可能性が開かれることになった。だがそれは同時に、関連する研究・文献の調査へと分析を広げる必要性が出てきたことを意味する。 また、アルゼンチンで現政権が関わったとおぼしき検察官暗殺事件という、現地社会を根底から揺るがす事件が起こったことにより、「負の記憶の継承」をめぐる政治・文化状況に新たな状況が生じた。この点についての分析は、いまだ事件の全容が明らかになっていないことから困難を伴うが、いずれにせよ現政権が掲げる「人権」概念を早急に再検討しなければならないことは明らかである。リアルポリティクスにおける「人権」概念の再検討は、記憶の「商品」化過程と切っても切れない関係にあるので、アルゼンチンの政治文化における「人権」概念の変化を辿ると同時に、「人権」概念についての思想的な検討にも着手しなければならないことが明らかになった。
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今後の研究の推進方策 |
2014年度の研究過程で明らかになった記憶の「商品」化の国際化過程について、AMIA爆破テロ事件を中心に周辺的な事実関係を明らかにする。また、アルゼンチンで新たに起こった検察官暗殺事件を中心とする現政権の「人権」言説、ならびにそこからさかのぼっていわゆる「人権政権」とみなされてきた政治的現場における「人権」概念を早急に再検討する。 また、2013年度に行った近隣諸国との比較分析を参照しつつ、「人権」が政治文化の現場でいかなる役割をはたし、それが記憶の「商品」化といかなる関係性を構築してきたかについても明らかにする。
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次年度使用額が生じた理由 |
海外に注文していた書籍が当該年度内に届かなかった為。
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次年度使用額の使用計画 |
繰越額については当該書籍に充当する。ラテンアメリカにおける人権侵害の記憶の収集・分析・公開を行っている諸機関での調査ならびに資料収集を継続する。具体的には、①ミュージアム(記憶博物館や「トラウマ現場」等)、②文化産業(文学、映画、テレビのシリーズもの、音楽等)、③専門領域の確立(大学講座設置、専門雑誌・書籍シリーズの刊行、公的イベント等)である。とくに①と②に関する批評言説をも含みこむ③の領域(専門領域の確立プロセスの分析)を中心的に進める。具体的には、トラウマ的記憶の社会化過程とその流通・消費において、大学教員や研究者、在野の知識人、批評家、作家が、個別の出版や研究とは別に公共の場においてどのような働きをしたかを明らかにする。また、こうした一連の記憶の「商品」化プロセスと、AMIA爆破テロをめぐる暗殺(国家テロ)がどのような仕方で「人権」言説へと再統合されつつあるかについても明らかにする。
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