研究実績の概要 |
近年、造形芸術活動の起源を極めて古く位置づける研究が多く提出されているが、その議論の妥当性は必ずしも明らかではない、と、私は考えている。私は、質的にも、量的にも、ヨーロッパ西部の後期旧石器時代・洞窟壁画が最古の芸術であると見なしているが、それを検証するために、現地調査を行い、実作品を精査して、議論を強化することができた。 具体的には、古い年代を最近になって測定しはじめている「ウラン系列年代測定法」が最初に適用されたイギリスのクレズウェル・クラッグス遺跡で、年代測定の状況を、報告者と共同で検証した。ドイツでは南部のウルム市周辺、シュヴァーベン・アルプ地方で出土している、オリジナルの立体作品を実地に調査して、その制作年代を確認した。フランスでは、南部アルデッシュ渓谷で1994年に発見された、約35,000年前に制作されたと考えられているショーヴェの洞窟壁画を、改めて徹底的に調査することができた。スペインでは、上述「ウラン系列年代測定法」により、実際に40,000年以上前のデータが提出された、北部のエル・カスティージョの洞窟壁画を再度検証して、年代の妥当性を探った。 ヨーロッパ以外では、約70,000年前の年代層から出土した、南アフリカ・ブロンボス遺跡の「線条のあるオーカー片」のオリジナル作品を実際に検討して、その芸術的な特質を再検討し、定義の問題でもあるが、美術の範疇には属さないと、結論づけた。 結論として、洞窟壁画とドイツ南部の立体作品以外の、より古いと見なされている、南アフリカ・ブロンボス遺跡の出土品など、すべては、芸術的な実質を備えておらず、やはり芸術の起源は、ヨーロッパの後期旧石器時代、約40,000年~35,000年の間に、位置づけられると判断した。
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