近代芸術は、制作論上の様々な位相で自然との親密な関係の回復を求め、変化する時間=生命性をその本質とする。この問題を近代の芸術作品により即して考察するために、本研究は近代芸術・建築研究に新たな視座を拓く研究方法論としての「気象芸術学 Meteorologische Kunstwissenschaft」の構築に目的を絞り、美術史学研究・芸術学の立場から、本来固体的でスタティックな芸術作品を、生長し変化する流動的・気象学的な流体として捉えることを試みた。 前年度までの研究成果を通して、気象芸術学にとっての最重要な位相がほかでもない生長し変化する流体としての「植物」であるとの認識を確固たるものとしていたため、最終年度は、そのような有機体的個体としての植物を、それとは対照的な特性を有する不動かつ固体的な存在としての建築へと媒介する「媒介者」として近代の「植栽園芸家」を位置づけ、その活動における特性と問題点の解明につとめた。とりわけモダニズム建築(家)と密接な関わりをもつ近代ドイツの特異な植栽園芸家カール・フェルスター(1874-1970)に関して、遺稿類(ベルリン州立図書館手稿コレクション所蔵)の調査を集中的に実施し、生前の活動の全容把握に努めた。そこから明らかにされた諸点は、19世紀ドイツの重要な天文学者を父にもつこの植栽園芸家において常に強く自覚されていた関心、すなわち父と深い親交のあったA.v.フンボルトの人文地誌学・植生学に連なる関心を背景に、彼が近代園芸学・植物学はもとより、写真光学、色彩論など多岐にわたる感性的・創造的領域を横断的に接続させつつ、生命的個体としての植物を不動の造形へと媒介していた事実である。「植物」を中心に据えた近代芸術の新たな研究方法論的可能性に関して、論考「近代園芸学とオストヴァルト色彩論」「流動する近代デザイン」「近代芸術と共感覚」を執筆した。
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