研究課題/領域番号 |
25370139
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研究機関 | 立教大学 |
研究代表者 |
黒岩 三恵 立教大学, 異文化コミュニケーション学部, 准教授 (80422351)
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研究期間 (年度) |
2013-04-01 – 2016-03-31
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キーワード | 写本彩飾 / 祈祷書 / ドミニコ会 / フランス美術 / ネーデルラント美術 / ブルゴーニュ公 / キリスト教図像学 / パトロネージ |
研究実績の概要 |
平成26年度は、ドミニコ会士トマス・アクィナスが作詞したと伝えられる祈祷文を掲載する彩飾写本について、以下の3点から個別的調査・研究を行った。 まず、前年度に引き続き、当該祈祷文の流布の全容を解明する目的で欧米を中心とする図書館等の写本データベース等を調査し、当該祈祷文を掲載する写本のリストアップを行った。芸術庇護者である貴顕が特注した祈祷書は新たに数点が確認された一方、半既製品として制作された比較的安価な写本では当該祈祷文を掲載する作例は確認されるに至っていない。 2点目として、芸術庇護者間の競合がアクィナス作詞の祈祷文を採用する動機となったとの仮説の下、3点余りの彩飾写本について、全部の祈祷文テクストと挿絵彩飾をカタログ化し比較対照した。対象はフランスのパリで制作された『ベリー公の小時祷書』(パリ国立図書館、ms.lat.18014)、フランスのナント制作の『ブルターニュ公ピエール2世の時祷書』(同図書館、ms.lat.1159)、ブルゴーニュ公国領オーデナルド制作の『ブルゴーニュ公フィリップ3世善良公の時祷書』(ハーグ王立図書館、Codex 76 F 2)である。これらに加えて、消失部分を含むために比較対照が困難だが、『トリノ・ミラノ時祷書』(パリ国立図書館他分蔵)についても参照した。 3点目は、当該祈祷文を装飾する図像の多様性を解明する一環として、上述した『ブルゴーニュ公フィリップ3世善良公の時祷書』の挿絵の特異な主題である「キリストの洗礼」図像について、同写本の装飾プログラム、キリストの洗礼の図像伝統、祈祷文テクストの内容との関係、トマス・アクィナスの思想との関係の4つの観点を中心に考察を試みた。トマスが聖体や三位一体の教義を探究したことが当時の一般信徒に知られていたことが、主への祈祷である当該祈祷文の挿絵主題の選択と関わっている可能性が明らかとなった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
おおむね研究計画に沿った達成度に到達しているものと判断できる。 平成26年度は昨年度の成果の中から、特に私的使用を目的とする祈祷書写本における伝トマス・アクィナス作詞の祈祷文とその彩飾に注目した。多くの作例では、王侯を主体とする芸術庇護者が積極的にドミニコ会士トマス・アクィナスに倣おうとする信仰実践の様態が窺えるが、その中からヴァロワ家に連なる芸術庇護者によって注文され、フランス国立図書館が所蔵するものを中心に3点あまりを選択して個別に分析を行った。その結果、当該祈祷文を掲載する祈祷書写本の成立の背景の一つとして、14世紀中葉に主導的な芸術庇護者がトマス・アクィナス作詞の祈祷文を自らの祈祷書に採用したことに刺激されて、ほかの野心的な芸術庇護者が競ってアクィナス作詞の祈祷文を取り入れ、独自の彩飾を加えるという一種の競合的な流行現象の様態を仮説的ながら解明することができた。 各種の写本データベース等の調査では、富裕市民層を主たる顧客とする半既製品の祈祷書写本にはアクィナス作詞の祈祷文を掲載する例が確認されなかった。これは、当該祈祷文の平明さと普遍的な内容からは説明が難しい一方、他方では現存作例が選り抜きの芸術庇護者たちが特注した彩飾写本に限定され、かつ作詞者がトマス・アクィナスであることが明記されている点を踏まえると、ドミニコ会とフランスを中心とする中世美術の関わりが平信徒に開かれたものながらエリート主義的な側面を強く有していたことを示唆するものと解される。 今後の個別の写本作例の総合的・写本学的な研究を継続することが、トマス・アクィナス作詞の祈祷文が好まれた理由、ドミニコ会士が平信徒に対して与えていた霊的な影響等について新たな知見をもたらし、中世美術におけるイメージ生成とその機能の発展におけるドミニコ会の貢献について重層的な理解を深めることは確実と考えられる。
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今後の研究の推進方策 |
平成27年度は、平成26年度の研究から継続して、伝トマス・アクィナス作詞の祈祷文を含む祈祷書写本の成立と展開について、芸術庇護者間の影響・競合の観点を中心として知見を深めることをめざす。そのためには、以下の相互補完的な3つの問題群に関わる研究の推進が必要と考えている。 第一に、ベリー公とブルゴーニュ公を中心にヴァロワ家に属する芸術庇護者達の仮説的なサークルが制作させたフランスとフランドルを中心とする写本の写本学的な個別研究である。具体的には、ベリー公ジャンの弟でありブルゴーニュ公フィリップ3世善良公の祖父であるフィリップ2世豪胆公が制作させた『フィリップ豪胆公の大時祷書』の調査を最重要課題として、サヴォワ公、ブルターニュ公ら婚姻関係、相続関係、封建的主従関係等によって結ばれた芸術庇護者の競合・影響関係が対象となる。 第二に、トマス・アクィナスの列聖に中心的な役割を果たしたナポリ王国の王位を争ったアンジュー王朝(ヴァロワ系)とアラゴン王朝(後年のブルゴーニュ系を含む)の芸術庇護者達による祈祷書写本の個別研究である。 第三に、上記芸術庇護者達から注文を請け負って写本の彩飾を行った画家達の個別的な活動の様態と、様式と図像にみる相互の影響関係の広範なネットワークに関する研究である。 平成27年度において特に予定しているのは、以上の3つの問題群が提示しうる広範な問題の中から、三分割されイギリスとベルギーに分蔵されている『フィリップ豪胆公の大時祷書』の詳細な調査を中核として、サヴォワ、ヴァロワ、ブルゴーニュと連なる祈祷書写本の一種の文献学的な類縁関係図の構築をテクスト構成と図像プログラムの双方から行うことである。
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次年度使用額が生じた理由 |
平成26年度の執行額は、請求額の90万円に、在外研究休暇中だった前年度に支出の整理等を行った結果生じた当該年度への繰越金334183円のうち半額近い154381円を加算した1324381円である。繰越金の使途は主として資料購入と海外調査滞在費への補充であり、請求額以上にゆとりある使用額は、本年度ならびに来年度以降の研究の遂行と続行に大いに資するものとなった。 前年度に生じた繰越金の半額強に相当する179802円を平成26年度中に執行せずに次年度使用額としたのは、滞在等のコストが高いベルギーとイギリスでの実施調査を行う予定が確定したことに伴い、最終年度の研究をゆとりを持って遂行することが望ましいと判断したためである。
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次年度使用額の使用計画 |
次年度使用額は、ベルギー・イギリス間の移動等の旅費、図書・彩飾写本の閲覧費(図書館閲覧カードの発行実費等)、画像・テクスト一次資料の複製費、二次資料購入費、外国語で執筆する論文の校閲費、論文の郵送費等の通信費を補充するために使用する予定である。
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