第3年度で、最終年度に当たる本年は、次のような成果を得た。 1. 『古状揃』所収書簡と、ゆるやかではあるが関係を有する歴史書や歴史小説を精査した結果、例えば、『古状揃』に出てくる熊谷直実・平経盛・弁慶らの人物イメージは、『平家物語』『源平盛衰記』等の古典に出る人物像の特徴をより肥大化・具象化したものであり、また、『古状揃』以後の読本や時代物浮世草子、時代物浄瑠璃で描かれる同じ人物は、『古状揃』のイメージを前提にしていることが多いことが明らかになった。 2. 書写の練習として写された『古状揃』の写本を調査した結果、その書写者は、江戸等の大都市の住人のみならず、全国のあちこちの村落に及ぶこと、また必ずしも寺子屋での教育をきっかけに書写されたものに限らないこと、書写者は十代前半の者だけではなく、かなり年齢の行った者が書写した事例もあり、さまざまな地域、様々な階層、様々な年齢層に教授されていたこと、等々が明らかになった。 3.3年間の研究の総括として、『古状揃』は、書道の教科書、文語文の教科書であるだけでなく、江戸時代の若年層の初学において、歴史や歴史文学へ彼らを誘う、大変重要な本であることが確認できた。『古状揃』は、江戸時代の人々が最初に目にする文学的なテキストであり、文学入門書であったと言っても過言ではない。
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