本研究では、幕末から明治初期にかけての岐阜の伊奈波地域の芝居の実態を明らかにした。当時の新聞記事(『岐阜日日新聞』等)や雑誌記事(『歌舞伎新報』等)の丹念な探索や、同地域の芝居小屋(末広座)所有者の末裔へのインタビューなどを通し、具体的かつ確実な実態を浮かび上がらせた。成果として、論文2本と興行記録をまとめた冊子を完成させた。 論文「岐阜の伊奈波の芝居小屋-末広座と国豊座-」では、両座の創立の経緯と、9代目市川団十郎・5代目尾上菊五郎・初代左団次による両座での興行の詳細を明らかにした。論文「岐阜の伊奈波の芝居小屋(2)-末広座と国豊座 濃尾地震後の再築・再興-」では、前稿で解明できなかった明治24年の濃尾地震後に両座がどう再築・再興されたのかを『岐阜日日新聞』記事を逐次追うことによって浮かび上がらせた。 新聞記事等を追った調査結果は公表せず筆者一人の手元に保管するには惜しい成果で、今後の研究の礎となるものであると考え、『岐阜地域芝居興行記録一覧稿(明治初年~)』として冊子にまとめた。岐阜地域の芝居については『岐阜県史 通史編 近代下』(1972)、『岐阜市史 通史編 近代』(1981)に記載があるが、紙幅に限りがあることもあり、必ずしも十分に記されているわけではない。本成果は、自分自身はもとより、後に続く研究者にも役立つ基礎的な資料であり、岐阜の各地域の芝居小屋名や役者名も記事に記載がある限り全て掲載し、今後の岐阜地域の芝居興行研究の礎となるものであると自負している。
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