前々年度、前年度に引き続き『うつほ物語事典(仮称)』をめざして、『うつほ物語』の和歌・漢籍引用の調査・整理、および作中人物総攬の作成を進めた。従来の誤りを訂し、新たな知見を付け加えたものの、まだ調査不足、不確実な箇所も多々あるが、なるべく早く纏まった形としたい。『うつほ物語』に関する論文として、「蔵人少将源仲頼の物語―『うつほ物語』作中人物覚書―」および「労ある秋の夕暮れ―『うつほ物語』「内侍督」の表現―」を発表した。それぞれ副題が示すように、前者は作中人物論、後者は表現論である。前者においては、求婚譚の重要人物の一人である源仲頼の人物造型を明らかにし、かつ仲忠らとの変わらぬ友情のありようについて論じた。仲頼は、管弦に秀でた「世の中の色好みであり、彼の出家は物語に大きな喪失感をもたらした。あて宮への恋に殉じたその生き方は、他の多くの求婚者たちとは一線を画し、人々に大きな感動を与えるのであった。後者は、この長篇物語にあって、前半部と後半部をつなぐ肝要な巻である「内侍督」について、「そらごと」「労あり」「夕暮れ」「風」「蓬・葎」などの、いくつもの要語や動機が繰り返されるのが特徴である。かつ『竹取物語』や、徐市伝承や王昭君説話など多くの漢籍が引用されることで、物語が首巻「俊蔭」へと回帰し、主題性を顕著にしてゆく様相を明らかにした。なお、あて宮求婚譚の先蹤たる『竹取物語』の求婚譚について、「五人の求婚者たちと難題」を発表した。
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