(1) 研究代表者(鈴木)は論文「切断の文字、あるいは文字の近代」(『幕末明治 移行期の思想と文化』所収)を公刊した。この論文については、成果の一部を前年度報告しているが、幕末における葛原勾当の木活字が盲人ゆえにミニマムなタイプライターシステムを採用しており、それが近代活字印刷における文字の特性を先取っていることを論じたことも述べておく。 (2) 研究分担者(磯部)は論文「紙型と異本」(『書物学』8)を公刊し、紙型からとったステロ版による印刷は、原版が残らないという活版の欠陥を補って大量増刷に対応する複製技術と認識されてきたが、技術導入の当初にあってはむしろ異本出来の装置であったことを明らかにした。 (3) 代表者(鈴木)は、無版権であるが故に約半年の間に二十種以上異版が出版された末広鉄腸『二十三年未来記』の諸版本を科研費で全て購入・調査し、分析書誌学の方法を用いてその特徴と関係を記述した。異版関係の確定や制作過程の推定にあたっては、分担者(磯部)の紙型論が役に立った。この悉皆調査を踏まえ、分担者とともに日本出版学会秋季大会でワークショップ「出版史史料と図書館資料をつなぐための方法論」に報告者として参加し、デジタル画像公開と分析書誌学に基づく書誌記述の関係と今後の展望について、インターネット上の複数の図書館・資料館による近代出版物のデジタル画像コレクションの書誌記述項目を比較検討することによって、画像データと組み合わせた際の個々の出版物の同定と異版関係の記述に有効な観点と記述項目の提案を行を行った。この報告のうち、分析書誌学的方法による『二十三年未来記』の書誌記述と制作過程の推定については、近く論文を発表する予定である。
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