最終年度となるH28年度は、まず最初に、これまでの補完を行うことに重点を置いた。ひとつは、「対句論の分析と整理」さらにひとつは「対偶語一覧」の整備である。前者については、対句論に関して近時に刊行された、主に中国文学の側からの研究を踏まえて、その成果を取り入れるべく組み替えと補充を行った。後者については、対偶語の認定の問題と関わるという点を充分に考慮し、より広い範囲で、対偶語の可能性のある例も「一覧」に収めて参考に供することとした。 これと並行して取り組む課題となったのは、『萬葉集』における対偶語が、他のいかなる修辞表現と交渉をもつのか、さらに修辞表現の通時的展開の相の分析である。対偶語は、二語以上の関係であると同時に、ふたつ以上の「物」の関係でもある。従って、対句においては、「物」が対をなすように各句ごとに構成されていることは当然である。その一方で、対照的な句をなさない場合にあって、とりあわされる「物」と「物」の関係は我が国独自の例であり、そうした表現の相を掘り起こすことによって、他の修辞表現との交渉を分析するに至った。 なお、詩作における、対句論と実作との関係においては、空海編の『文鏡秘府論』と空海の詩文を集めた『性霊集』の表現分析が重要である点をあらためて確認した。すなわち、空海の場合、対句の使用が、近体詩の作法の枠を超えて行われており、対句に意を注いだということに留まらない、あらたな対句の表現のあり方を確認しえたことも本研究の成果と言える。
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