本研究は、平安・鎌倉期の作り物語などの作品を、女性教育メディアという新たな視点で捉え直すことを目的とする。これらは文学作品であると同時に、当時の読者にとっては、女性が社会を知るためのテキスト。実用書であった。このことを常に基盤におき、平安・鎌倉期の物語文学とその作中和歌の言説機能を、その周辺の女房日記や女訓書、説話なども視野に収めつつ、相対的に見直して検証することを目的としているものである。 本年度の研究実績は、本研究の最終年度として、これまでの研究の総括を行った。第一の研究成果としては、「評論としての『源氏物語』―逸脱する語り」がある。これは『源氏物語』を、女性に向けた教育的な評論文学という新たな視点でとらえ、『源氏物語』には、王朝貴族が持つべき行動規範や意識、美的価値観や人間観などを評論として語っている部分が、全編に講義的な語りとして散在している事実を指摘し、これらの教育的語りは物語の本筋には必ずしも必要ではなく、逸脱する語りとして『源氏物語』中に練り込まれていて、女訓書・教育書とも共通するような内容であり、『源氏物語』が教育的テキストであることを明確に浮かび上がらせるものであることを論じたものである。本研究の研究目的に正面から取り組んだ論であり、本研究の代表的・最終的な研究成果である。 第二に、「『とはずがたり』の『源氏物語』叙述―女三宮の和歌などをめぐって」は、そうした『源氏物語』の性格をふまえ、女三宮の和歌の異質性を論証し、その上で『源氏物語』享受の代表的作品である『とはずがたり』の『源氏物語』との関係、反転、拡大、展開の様相をあぶり出したもので、特に和歌に注目しながら、『とはずがたり』の『源氏物語』叙述の特質を探った論である。今後物語和歌についてはさらに社会教育テキストとしての面から考えていく必要があると考えられる。
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